「香り、まとって行かれますか?」:初めて出会う表現に戸惑う初心者
初めてフレグランスの専門店に行ったときのこと。
そのお店は大型ショッピングセンターに出店していたお店で、
色々なお店を見て回っていたついでにフラッと立ち寄っただけのお店だった。
なので何かを買う気なんてそもそもなくて、
初めて物珍しいフレグランス商品の数々を、
見て回ってさっさと退散するつもりだった。
しかし、そこには敏腕の店員さんがいた。
店員:「何かお探しですか?」
私:「いえ、見ているだけです。」
普通の店員さんなら大抵これでほっておいてくれるが、
この店員さんはそうじゃなかった。
店員:「あ、そうなんですねぇ。新商品もたくさんでているので、ゆっくり見ていってくださぁい。」
私:「ありがとうございます。」
店員:「ほら、この香りなんて夏に向けて発売されたんですが、すごく人気でぇ。」
と、話を続けて、とてもスムーズに商品を紹介していく。
しかも言葉で言うだけじゃなくて、
毎回サンプルをシュッと一振りして香りを嗅がせてくれるので、
「この香りはきつすぎる」とか、
「バニラの香りはあまり好きじゃなくて」とか、
私もリアクションをとらざるを得ず、
会話のキャッチボールがどんどん続いていく。
そうこうしているうちに私はとうとう出会ってしまった。
超絶大好きな香りに。
お風呂上がりのように清潔で清々しい香り。
たぶんその時私の目の色が変わったと思う。
店員さんはそれをすかさずキャッチしたのか、
押しトークにも熱が入る。
私は本当にその香りのフレグランスが欲しかった。
でも値段を見て驚いた。
80mlしか入っていないその香水は、
なんと一万円近くするのだ。
三千円くらいだと思っていた私は一気に冷静になった。
(いかん!)
私は思った。
(いかん!退散しなくては)
私:「この香り、本当に好きなんですが、もともと買う予定も無かったので、一旦考えますね。」
そうお断りして、お店を後にすることにした。
そして、何も買わずにお店を後にしようとする私に店員さんがかけてくれた言葉が忘れられない。
店員:「あ、そうですか?この香り、お好きでしたら、まとって行かれますか?」
私:「まとう?」
自分を主語にして「香りをまとう」なる動詞を頭の中ですら人生で一度も使ったことがなかった私は、
新しすぎる表現にいささか戸惑ってしまった。
でもさすが敏腕店員さん、戸惑う私に優しく説明を加えてくれた。
店員:「ええ。このフレグランスの場合、前に2,3プッシュ、後ろに2,3プッシュ、そして頭の上に1プッシュくらいすると、いい感じで香りをまとうことができるんですよ。香り、まとって行かれますか?」
私:「是非!」
店員さんはちょっと離れたところから私の周りをぐるり1周して合計7プッシュ、そのフレグランスをかけてくれた。
かくして「香りをまとった」私は、ルンルン気分でウィンドウショッピングを続けることができた。
そして後日談である。
「香りをまとった」日、私は車を運転して帰宅したのだが、
次の日出勤するために再度車に乗り込もうとした時、
そのフレグランスの残り香に最後の一押しを受けてしまった。
車の中が、自分の好きな香りで満たされている幸せ。
これで今日も一日頑張る気持ちが湧いてくる。
かくして私は、次の休みの日にそのフレグランスを買いにそのお店を再訪したのである。
再訪時、その店員さんはいなかったのが残念だった。
「香り、まとって行かれますか?」
今でも香水を使うたびに、その言葉が頭の中に浮かんでくる。
「香りをまとう」なんて、キザっぽいような、おとぎ話の中に出てくるような、
とにかく日常生活で使う表現ではないような気がして、
異様な感じがしてしまう。
でも他の表現を考えてみても、あまり良い表現が思い浮かばない。
「香水、つけていかれますか?」
⇒意味は通じやすくなるが、なんか事務的だ。
「香水、ふりかけますか?」
⇒なんか自分がご飯になった気分がする。
ということは、
「香り、まとって行かれますか?」はベストな表現なのかもしれない。
ちょっと異様な感じもするが、その異様さが、
香水をつけるという行為の特別感を醸し出してくれているのかもしれない。
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