「ご縁ですねぇ」:皮肉のパラフレーズ
私には、11歳になるオス猫がいる。
その猫をもらい受けたときのことの話だ。
原宿で開催されていた保護猫の譲渡会でその猫をもらい受けたのだが、
確か、受け入れの際に事前の想像よりややこしい手続きが多かった印象がある。
誓約書を書いたり(絶対手放さないという念押しのため)、
自宅訪問に来られたり(ネコの居住環境として適切かを調べるため)、
それまでにかかった費用を払ったり(ワクチンとか去勢手術とか)。
しかし、私がそんな煩わしい手続きや、猫を初めて飼うドキドキ感よりも、
鮮明に記憶しているのは、猫の保護主からのこの一言である。
「ご縁ですねぇ」
いや、この流れてこの言葉が出てくると、何かとても良い意味の言葉に聞こえるけれども、
私はこの時、「ご縁ですね」の新たな使い方に出会って驚き、10年経った今でもこの響きを鮮明に覚えているのだ。
この「ご縁ですねぇ」には、
「こんなブサイクで歳のいった猫をかわいいと思うなんて、蓼食う虫も好き好きとはこのことですねぇ。でもよかった。売れ残っていたこの猫をもらってくれる飼い主さんが見つかって。」
という意味が含まれていたのである。
そんな意味が含まれているのかどうか、
性格の悪い私が曲解しているだけの可能性もあるので、
それ見極めるには、
この「ご縁ですねぇ」はどういった文脈で発せられたのかを知る必要があるだろう。
件の譲渡会でのことだ。
他の猫がケージの隅っこでぶるぶる震えている中で一匹、
悠々と毛づくろいをしていたその猫を見つけた私はすぐさま
「この猫が欲しいんですが」
と、近くにいたスタッフに申し出た。
毛づくろいをしている姿が本当にかわいくて、思わずきゅんとしてしまったからだ。
「え!?この子ですか!?」
そのスタッフはすごく驚いた様子で、「本当にこの子ですね?」ともう一度私に念押しをしてから、その猫を保護してその日まで面倒を見ていた保護主を呼んできた。
保護主は、質の良さそうな服を身にまとった上品なマダムである。
保護主:「初めまして。保護主の○○です。」
私:「はぁ、どうも」
保護主:「この子をご希望ですか?」
私:「はい。」
保護主:「本当に?この子?」
私:「はい。」
保護主:「本当に?もっとかわいくて小さい子はたくさんいるのに?この子は見た目も独特だし、もう9か月でかなり大きくなってしまっていて…。」
私:「え?いや、私はこの子が一番かわいいと思ったので」
保護主:「あらぁ。そんなことがあるの?あらぁ。んねぇ、これは、んねぇ、ご、ご縁ですねぇ。」
と、こんな文脈で発せられたのである。
つまり、私の猫はブサイクの上大きくなりすぎていて、貰い手がいなかった猫だったようなのである。
他の猫がケージの隅でぶるぶる震えている中で一匹、
悠々と毛づくろいをしていたのは、
場慣れしてしまっていたから、ということのようである。
保護主からの「ご、ご縁ですねぇ」に一抹の不安を感じながらも、
私の保護猫引き受けはとんとん拍子に進んだ。
人気の猫の場合、何人かの応募を受けて審査待ち、ということもあるそうなので、やっぱりうちの猫は人気のない子だったようである。
何はともあれ、あれから10年以上、
その猫は私と一緒にいる。
10年の間に、遠距離の引っ越しもしたし、
病気にも何度かかかったけれど、
今も元気に私の隣にいてくれる。
そしてブサイクと暗に言われたその猫は、
私の目から見ると、やっぱりとてもとてもかわいい。
保護主のマダムの「ご縁ですねぇ」の意味がどうであれ、
やっぱりこの子とはご縁があったと思う。
そしてもう一つ言っておきたい。
保護主のマダムはめちゃくちゃ良い方である。
何年たってもうちの猫のことを気にかけてくれている。
本当に良い方なのだ。
良い方過ぎて良い言葉遣いしかできないがために、
「ご縁ですねぇ」という縁起の良さそうな言葉が、
私の中で皮肉のパラフレーズとして10年以上も、
モヤモヤとした影を落としてしまっただけなのだ。
しかしそのモヤモヤも、今日ここに書き込むことができて、
幾分スッキリした気がする。
明日からは「ご縁ですねぇ」はもう少し輝きを持った言葉になると思う。
そう願う。
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