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訪愛記2017(6)——オリアダ杯

オリアダ杯——それは栄光の位だ。アイルランドで一番の歌い手の称号。

アイルランド語伝統芸術の様々な種目のアイルランド一の名人を決める大会がエラハタス・ナ・ゲールゲ。その歌唱種目の最高位がオリアダ杯だ。

他の歌唱種目がすべて男女別、年齢別であるのに対し、オリアダ杯は男女も年齢も関係ない。実力のみがその栄誉ある称号を得させる。

毎年エラハタスに行く人々の最終目標は、大会の最終種目であるオリアダ杯を見ることだ。世の中にこれほど緊張させられる競技があるのかと思われるくらい、張りつめた空気が3時間以上にわたって続く。

聴衆は千人くらいだが、そのほとんどが歌を熟知している。したがって、歌い手は歌の詩を間違えた瞬間に唄うのをやめる。このことは、おそらく、歌い手より歌の方が、詩の方が大事だということを示す。あるいは、詩人に対する尊敬のゆえとも言えるだろう。

詩と音楽とがこれほどの高いレベルで融合した声楽は、知る限りでは他にインドの古典声楽しかない。アイルランド語の伝統歌の中でも大曲とされるものは詩も長ければ、旋律も複雑で難しいものが多い。連が進むごとに歌い方や装飾音のつけ方を変える。あくまで詩の内容に合わせて。従って、同じ旋律が1番、2番と繰返されることはない。

どこに装飾音を付けるかは詩の韻律を完全に理解していないと決められない。つまり、詩の文学性と旋律の音楽性とは完全に一致することを求められる。

クラシック音楽におけるようなダイナミズムは付けることを禁じられている。弱く強く変化を付けることはできない。だんだん音量を上げるようなことも下げるようなこともできない。音量は一定でなければならない。

クラシック音楽におけるような美声(ベル・カント)は使えない。地声である。腹式呼吸も使えない。胸式呼吸である。

この歌をシャン・ノース(古式)歌唱と呼ぶが、シャン・ノースにおける最高の声は鼻音を用いる。これをニャーと呼ぶ。

リズムは一定のテンポを刻まぬ。あくまで詩が、詩の韻律が命じるところに従い、必要な音節に必要なだけの時間をかける。一つのフレーズ中で息を切ることはない。長い場合には詩の1行を30秒くらいかけて唄う。

そのようなシャン・ノース歌唱の最高位を決めるオリアダ杯において今年の順位は次のようになった。同杯の競技者は今年は全部で18人だった。

1. Conchubhar Ó Luasa(オリアダ杯獲得者)
2. Máire Ní Chéileachair
3. Orla Ní Fhinneadha

この3人を含むオリアダ杯の全容がネット上で見ることができる。これだ。

動画リンク

全部で3時間半ほどある。実に見応えがあると思う。

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