[英詩]ディランとシェークスピア(2)
※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。
「英詩のマガジン」の主配信の5月の1回目です(英詩の基礎知識の回)。
本マガジンは英詩の実践的な読みのコツを考えるものですが、毎月3回の主配信のうち、第1回は英詩の基礎知識を取上げています。
これまで、英詩の基礎知識として、伝統歌の基礎知識、Bob Dylanの基礎知識、バラッドの基礎知識、ブルーズの基礎知識、詩形の基礎知識などを扱ってきました(リンク集は こちら )。
また、詩の文法を実践的に考える例として、「ディランの文法」と題して、ボブ・ディランの作品を連続して扱いました。(リンク集は こちら )
ボブ・ディランが天才と審美眼を調和させた初の作品として 'John Wesley Harding' をアルバムとして考えました(4回)。(1), (2), (3), (4).
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前回から Andrew Muir, 'Bob Dylan & William Shakespeare: The True Perfoming of It' (Red Planet Books, 2019) をベースにして、ボブ・ディランとシェークスピアについて考えています。
前回は、'kill me dead' の句について主に考えました。
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Muir の本に基づく議論を進める前に、ディランの8年ぶりの新曲が発表されました。その新曲について今回は考えます。すでに多くの論考がネット上で発表されています。中でも既に3本も発表している Anne Margaret Daniel は精力的に考察を進めています。彼女のディランとシェークスピアを扱った論文 'Tempest, Bob Dylan, and the Bardic Arts' (Goss and Hoffman, eds., 'Tearing the World Apart', 2017, 下、所収) も注目に値するもので、これから折にふれて言及すると思います。
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2020年3月26日(日本時間3月27日)、ボブ・ディランは公式ウェブサイトでケネディ暗殺を扱った未発表曲 'Murder Most Foul' を公開しました (下)。
サイトのディランの言葉は、ファンへの感謝に続き、これが以前に録音した未発表曲であることを述べ、最後に〈ご無事でいてください、注意深くあってください、神がみなさんと共にありますように〉と結んでいます。
'Stay safe, stay observant' という言葉は、ウィルス SARS-CoV-2 による疫病禍に苛まれた現下の世界の人びとに向けられていると感じます。
タイトルの 'Murder Most Foul' は、シェークスピアの悲劇『ハムレット』1幕5場の科白です。
これを聴いても、ディランのシェークスピアへの関心は並々ならぬものがあると感じます。[参考:Anne Margaret Daniel 1, Anne Margaret Daniel 2, Anne Margaret Daniel 3, Lars Brandle, Expecting Rain, Mike Daley, Johnny Borgan, Leo Sayer, Kevin Dettmar, Bob Boilen ]
■ 参考文献 (刊行年順、今回言及・参照した主なタイトルは太字)
・Anthony Scaduto, 'Bob Dylan: An Intimate Biography' (Grosset & Dunlap, 1972)
・John Herdman, 'Voice without Restraint: A Study of Bob Dylan's Lyrics and Their Background' (Paul Harris, 1982)
・Michael Gray & John Bauldie, eds., 'All across the Telegraph: A Bob Dylan Handbook' (Sidgwick & Jackson, 1987)
・Elizabeth Thomson & David Gutman, eds., 'The Dylan Companion' (Macmillan, 1990)
・Paul Williams, 'Bob Dylan: Performing Artist, Vol. 2: The Middle Years' (Omnibus P, 1992)
・片桐ユズル・中山容訳『ボブ・ディラン全詩302篇』(晶文社、1993)
・Andy Gill, 'Bob Dylan: My Back Pages' (Carlton, 1998; rpt. 2011 ['Bob Dylan: The Stories behind the Songs 1962-1969'])
・Michael Gray, 'Song and Dance Man III: The Art of Bob Dylan' (Cassell, 2000)
・Patrick Crotty, 'Bob Dylan's Last Words' in 'Do You, Mr Jones?' ed. Neil Corcoran (Pimlico, 2003)
・Christopher Ricks, 'Dylan's Visions of Sin' (Viking, 2003)
・Michael J. Gilmour, 'Tangled Up in the Bible' (Continuum, 2004)
・Paul Williams, 'Bob Dylan: Performing Artist, Vol. 3: Mind Out of Time' (Omnibus P, 2004)
・Greil Marcus, 'Like a Rolling Stone: Bob Dylan at the Crossroads' (Public Affairs, 2005)
・Mike Marqusee, 'Wicked Messenger: Bob Dylan and the 1960s' (2003; Seven Stories P, 2005)_
・Theodore Gracyk, 'When I Paint My Masterpiece: What Sort of Artist is Bob Dylan?' in 'Bob Dylan and Philosophy: It’s Alright, Ma (I’m Only Thinking)', eds. Peter Vernezze and Carl J. Porter, 169–81. (Open Court, 2006)
・中川五郎訳『ボブ・ディラン全詩集 1962-2001』(ソフトバンク クリエイティブ、2005)
・Michael Gray, 'Bob Dylan Encyclopedia' (Continuum, 2006)
・Robert Polito, 'Bob Dylan: Henry Timrod Revisited' (Poetry Foundation, 2006) [URL]
・Nigel Williamson, 'The Rough Guide to Bob Dylan', 2nd ed. (Rough Guides, 2006)
・Suze Rotolo, 'A Freewheelin' Time: A Memoir of Greenwich Village in the Sixties' (Broadway Books, 2008)
・Derek Barker, 'The Songs He Didn't Write: Bob Dylan Under the Influence' (Chrome Dreams, 2009)
・Kevin J. H. Dettmar, ed., 'The Cambridge Companion to Bob Dylan' (Cambridge UP, 2009)
・Clinton Heylin, 'Revolution in the Air: The Songs of Bob Dylan 1957-1973' (Chicago Review P, 2009)
・Seth Rogovoy, 'Bob Dylan: Prophet, Mystic, Poet' (Scribner, 2009)
・Stephen Calt, 'Barrelhouse Words: A Blues Dialect Dictionary' (U of Illinois P, 2009)
・Clinton Heylin, 'Still on the Road: The Songs of Bob Dylan 1974-2008' (Constable, 2010)
・Greil Marcus, 'Bob Dylan: Writings 1968-2010' (Public Affairs, 2010)
・Sean Wilentz, 'Bob Dylan in America' (Doubleday, 2010)
・Larry Sloman, 'On the Road with Bob Dylan' (2002; rev. ed. Crown Archetype, 2010)
・Clinton Heylin, 'Behind the Shades', 20th anniv. ed., (1991; Faber & Faber, 2011)
・Charlotte Pence, ed., 'The Poetics of American Song Lyrics' (UP of Mississippi, 2011)
・Robert Shelton, 'No Direction Home', revised ed., (Omnibus P, 2011)
・Howard Sounes, 'Down the Highway: The Life of Bob Dylan', revised and updated ed. (Grove, 2011)
・Nina Goss and Nick Smart, eds. 'Dylan at Play' (Cambridge Scholars Publishing, 2011)
・'Bob Dylan: The Playboy Interviews' (Playboy, 2012)
・堀内 正規、「カオスの中で場を持つこと -1960年代半ばのBob Dylan-」(早稲田大学大学院文学研究科紀要、58巻、5-18頁、2013 [URL])
・Bob Dylan, 'The Lyrics', eds., Christopher Ricks, Lisa Nemrow, and Julie Nemrow (Simon & Schuster UK, 2014)
・Philippe Margotin and Jean-Michel Guesdon, 'Bob Dylan: The Story behind Every Track' (Black Dog and Leventhal, 2015)
・Editors of Life, 'Life Bob Dylan' (Life, 2016)
・Harold Lepidus, 'Friends and Other Strangers: Bob Dylan Examined' (Oakamoor, 2016)
・Bob Dylan, 'The Lyrics 1961-2012' (Simon and Schuster, 2016)
・Jonathan Cott, 'Bob Dylan: The Essential Interviews' (Simon & Schuster, 2017)
・Richard F. Thomas, 'Why Dylan Matters' (William Collins, 2017)
・鈴木カツ『ボブ・ディランのルーツ・ミュージック』(リットーミュージック、2017)
・Louis A. Renza, 'Dylan's Autobiography of a Vocation : A Reading of the Lyrics 1965-1967' (Bloomsbury Academic, 2017) [URL]
・Anne Margaret Daniel, 'Tempest, Bob Dylan, and the Bardic Arts' in 'Tearing the World Apart: Bob Dylan and the Twenty-First Century', eds., Nina Goss and Eric Hoffman (UP of Mississippi, 2017)
・Jeff Burger, 'Dylan on Dylan' (Chicago Review P, 2018)
・Derek Barker, 'Too Much of Nothing' (Red Planet, 2018)
・Timothy Hampton, 'Bob Dylan's Poetics: How the Songs Work' (Zone Books, 2019)
・Jim Curtis, 'Decoding Dylan: Making Sense of the Songs That Changed Modern Culture' (McFarland, 2019)
・Andrew Muir, 'Bob Dylan & William Shakespeare: The True Performing of It' (Red Planet Books, 2019)
・Michael Karwowski, 'Bob Dylan: What the Songs Mean' (Matador, 2019)
・Gisle Selnes, 'The "Gospel Years" as Symptom and Transition' in 'A God of Time and Space: New Perspectives on Bob Dylan and Religion', eds., Robert W. Kvalvaag and Geir Winje (Cappelen Damm Akademisk, 2019) [URL]
・Clinton Heylin, 'No One Else Could Play That Tune: The Making and Unmaking of Bob Dylan’s 1974 Masterpiece' (Route, 2019)
・Julien Levy, 'My Father Was Left Out of Martin Scorsese's Bob Dylan Movie' (Vice, 2019) [URL]
・Derek Barker, ed., 'Bob Dylan Anthology Volume 3' (Red Planet Books, 2019)
・Mary Freeman, 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays' (1969; Shed Chamber Press, 2020)
※「英詩が読めるようになるマガジン」の本配信です。コメント等がありましたら、「[英詩]コメント用ノート(202005)」へどうぞ。
このマガジンは月額課金(定期購読)のマガジンです。月に本配信を3回お届けします。
英詩の実践的な読みのコツを考えるマガジンです。
【発行周期】月3回配信予定(他に1〜2回、サブ・テーマの記事を配信することがあります)
【内容】〈英詩の基礎知識〉〈歌われる英詩1〉〈歌われる英詩2〉の三つで構成します。
【取上げる詩】2018年3月からボブ・ディランを集中的に取上げています。英語で書く詩人として最新のノーベル文学賞詩人です。
【ひとこと】忙しい現代人ほど詩的エッセンスの吸収法を知っていることがプラスになります! 毎回、英詩の実践的な読みのコツを紹介し、考えます。▶︎英詩について、日本語訳・構文・韻律・解釈・考察などの多角的な切り口で迫ります。
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'Murder Most Foul'
本歌は17分近い作品で、164行の詩行からなる。内容は大きく3つの側面を含む。アメリカ史(特にケネディ暗殺事件)、音楽史(特にアメリカ音楽)、文学(特にシェークスピア) の3つだ。本マガジンの今回のテーマとしては、ディランとシェークスピアに焦点を当てるが、その前にまず、歌詞を概観しておこう。
歌詞の正式なテクスト がボブ・ディラン公式ウェブサイトで発表されたので、基本的にそのセクション分けと綴りに準拠しつつ、実際の歌唱の聴取りに基づいて校訂したテクストを用いる。長い詩であり、引喩も多いので、今回は2.までの54行を取上げ、残りは次回以降に。
動画リンク [Bob Dylan, 'Murder Most Foul' (Official Audio)] (動画下部の字幕スイッチで日本語訳詞が表示)
タイトル
タイトルの 'Murder Most Foul' は、上述の通りシェークスピアの悲劇『ハムレット』'Hamlet' (1600-01) 1幕5場の Ghost (ハムレットの亡き父の亡霊) の次の科白を引いている。真夜中、城壁の下の空き地で、亡霊に対しハムレットが問いかける。亡霊が「極悪非道の父の殺害者に復讐しろ」と言ったのでハムレットが「殺害者!」と言う。それに対する答えである。
Murder most foul, as in the best it is;
But this most foul, strange and unnatural.
殺害にして、卑劣にあらざるはないが、
これこそまことに卑劣、奇怪、非道きわまる大罪。(三神勲訳)
'Murder most foul' は「この上なく卑劣な殺害」の意。この行は韻律的には /x x/ x/ x/ x/ (強弱 弱強 弱強 弱強 弱強) で、第1詩脚が倒置されている。強勢母音にアクセント記号を付して表すと次のようになる。
Múrder most fóul, as ín the bést it ís;
But thís most fóul, stránge and unnáturál.
シェークスピアの戯曲は、脚韻をふまない弱強五歩格の無韻詩 (blank verse) で書かれている。2行の第3詩脚も倒置。
このような弱強格における倒置の研究にシェークスピアは恰好の材料であり、Paul Kiparsky (ディランと同じ1941年生れ) の generative metrics「生成韻律論」の重要な対象になっている。一つだけ覚えておくとよい点を記すと、第1詩脚は倒置が起きやすい。これは Kiparsky の発見した倒置の2原則のうちの1つ〈イントネーションの切れ目の直後〉原則から、行の初めはほぼ必ずイントネーションの切れ目の直後に当たっていることによる。
文法的には上の2行だけでいろいろと論じるべきことがあるが、ここでは 'Murder most foul' にしぼると、名詞+形容詞の語順である。
現代の英語では '-thing' で終わる語にはそれを修飾する形容詞が後ろに来る (something great, anything wrong など)。他に、決まった言い方でもその語順になる (sum total, time immemorial など)。というように数が限られている。
シェークスピアの時代には名詞+形容詞の語順はもっと多かった。大塚高信は「フランス語の影響もあったであろう」と述べている (『シェイクスピアの文法』)。例えば、blood royal ('Henry VI, Part 1', 1.2), lungs military ('The Merry Wives of Windsor', 4.5) など。特に「-al, -ble, -ite, -ate, -ive のような語尾をもつ長い綴りのラテン系の形容詞の場合が多い」 (大塚) といわれる。
ここでは most foul と最上級で長いことから後置されたのかもしれない。foul は1音節だが、most を付けて最上級にしている。シェークスピアでは「比較級・最上級を作る方法が比較的自由」 (大塚) といわれる。1音節でも more や most を付けたり、2音節以上の語でも -er, -est を付けたりする。さらには、もともと比較級の語に -er をつける例もある。例えば honester ('All's Well that Ends Well', 3.5), perfectest ('Macbeth', 1.5), worser ('Hamlet', 3.4) など。
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『ハムレット』の科白を引いてディランがケネディ暗殺に当てはめたことは、この死がどれほど foul なものかを強く印象づける効果がある。ハムレットの父の死の性質がこの戯曲の主要なテーマの一つであり、それになぞらえることでケネディの死も同様に非道な死であったとディランが考えていることが分る。
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この表現をみると、長い年月の間にディランの中でケネディ暗殺についての思いが深化し、結晶化していったのではないかと考えられる。おそらくは事件当初 (1963年頃) の反応を詩にしたと思われる、いわゆる 'The Kennedy Poems' を読むと、本歌にあるような洗練はまだ見られない ('The Margolis and Moss Manuscripts', circa 1963)。その詩の冒頭の2行は次の通りで、まずケネディ本人のことでなく、夫の暗殺直後のケネディ夫人のことを謳っている。
Mrs Kennedy ... you were crawlin
on all fours ... I saw you
ケネディ夫人 ... あなたは四つんばいで
這っていた ... その姿を私は見た
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なお、本歌の録音の時期については不明。おそらくは、'Tempest' (2012) 以降、'Triplicate' (2017) くらいまでのいつかだと考えられる。公式サイトには 'This is an unreleased song we recorded a while back that you might find interesting.'「これは少し前に我々が録音した未発表の歌で、興味を持っていただけるかもしれない」とある。「少し前」とは、長くても十年以上前ではないだろう。
韻律
カプレット (二行連) が続き、連は概して長い。'63 / infamy, high / die, lamb / am のように韻をふむ。
行あたりの強勢の数は5または4のようだ。弱強格で5強勢のカプレットなら heroic couplet (英雄詩体) という型になる。
最初のカプレットの強勢母音にアクセント記号を付してみる。
'Twas a dark dáy in Dállas - Novémber '63 (síxty-thrée)
The dáy that wíll live ón in ínfamý
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シェークスピアとの関連で考えると、戯曲においては押韻は特別なところに出て来る。多くは場 (scene) の終わりや、スピーチの終わりや、歌の箇所などだ。
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