[英詩]Mary Freemanを読む('Sad Eyed Lady of the Lowlands'の聴取り)
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詩とはつまるところメタファである、という考え方があります。一生の間に永遠に新鮮なメタファを一つうみだすことができれば詩人の本望は達成されると言った詩人もいます。
その観点でいえば、ウィリアム・シェークスピアとボブ・ディランはメタファー研究にうってつけの対象でしょう。
そうしたことを考えさせてくれる本が出ました。Mary Freeman の 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays' (2020) です (下)。今回はこの本について少しふれてみましょう。
Mary Freeman, 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays'
[Mary Freeman, 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays', paperback, cover]
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[Mary Freeman, 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays', paperback, back cover]
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[Mary Freeman, 'Bob Dylan's Command of Metaphor and Other Essays', e-book]
歌詞の聴取り
Freeman の本は興味深い序文から始まる。彼女が熱心にボブ・ディランを聴き始めたころ、彼女も友人も 'Sad Eyed Lady of the Lowlands' のリフレーンが何と言っているのか確信が持てなかったと書いてある。
あれ、'My warehouse hides my Arabian drums' だろうか、それとも 'Where, how sighs my Arabian drums' だろうか。誰も確かなことは知らなかった。ディランの歌詞はすべてそうだった。どこにも書かれたものがなかったので、推測するしかなかった。それでもかまわなかった。いづれにしろ、彼が何を言おうとしていたかは分っていたから、という。
それが1967年頃のことらしい。
この歌に関していうと、出版されるのは 'Lyrics' (1985) が最初である。
ディランの初期の研究書を読んでいると、必死で聴取りをして分析しているものがある。その状態は現在では変わっているかというと、そうとも言えない。なぜなら、出版された歌詞と実際に唄われた歌詞とは往々にして違うからである。
なお、本書の謝辞のところに、ボブ・ディランのレコードから歌詞を全部書取ってくれた友人 Annette Dragon に感謝すると書いてある。
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しかし、だからといって、各自が勝手に聴取った歌詞に基づくテクスト分析が正しいとは言えない。どのようなテクストかということは、決定的に重要である。
現時点ではリクス校訂版が扱っている歌に関しては、それを参照するのが安全だろう。同版は歌の韻律的構造を第一に考えて校訂してあるからである。
韻文
ディランの歌はだんぜん韻文(*)である。散文ではない。
(*) 韻文…韻律による表現効果を意識した文章、詩歌などの類。(日本国語大辞典)
だとすれば、韻文として扱わねばならない。そのためには韻律的構造を浮彫りにすることは、最低限のタスクである。だから、韻律的構造を明らかにしたリクス校訂版は重要だ。
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その基礎の上に、各種の比喩的言語 (figures of speech, figurative language) の分析がくる。修辞 (trope) の一つとしての隠喩 (metaphor) の分析もそうである。
'Sad Eyed Lady of the Lowlands'
ところで、アルバム 'Blonde on Blonde' (1966) に収められた 'Sad Eyed Lady of the Lowlands' を耳で聴取ろうとすると何が起きるだろうか。
この本の執筆当時(1969年)はおそらくオリジナルのモノのレコードで聞いたのではないかと思う。
それではと、オリジナル・モノ録音で聞いてみた。リフレーンまでは英米人なら100%聴取れるだろうし、聴取ったものに確信が持てるだろうと思う。ただし、リフレーンに入ると、確かに、'My warehouse hides my Arabian drums' なのか、'Where, how sighs my Arabian drums' なのか、それとも別のことばなのか、確信が持てなくなると思われる。
なぜ、こういうことが起きるのか。
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