[書評] The Expected One
マグダラのマリアの本当の物語(が始まる)
Kathleen McGowan, 𝑇ℎ𝑒 𝐸𝑥𝑝𝑒𝑐𝑡𝑒𝑑 𝑂𝑛𝑒: 𝐴 𝑁𝑜𝑣𝑒𝑙 (Touchstone, 2006)
本書はマグダラのマリアによる福音書を世に伝える使命をもって生まれた。
著者は調査研究に20年ちかい歳月を費してこの本を書きあげたのである。
しかし、世に出るまでの道のりは平坦でなかった。本書の出版前後の米国の出版状況を見てみよう。
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紀元1世紀のイエスとマリアの関り/結びつき(hieros-gamos)をマリアの視点から物語る本書が米国で出版されたのが2006年7月25日のこと。
本書の出版準備中であった同年4月6日に、ユダの福音書の初の英訳 Gospel of Judas が米国で出版された。その内容は本書のユダに関する叙述の正しさを確証している。
本書と同様の主題を扱う Dan Brown 著の The Da Vinci Code が米国で出版され、世間の耳目を集めたのが2003年3月18日のことであり、その後に出た本書は同書の二番煎じと揶揄される運命にあった。
しかし、そもそもは、本書の最初の出版提案書が提出されたのは1997年のことである。その時点では、世はまだ本書を受入れる準備ができていなかった。
本書は著者が約20年の歳月をかけて執筆した、文字通り畢生の大作である。イエスとマリアの関りという同一の主題を扱うとはいえ、ダ・ヴィンチ(Brown の観点)とは全く違う観点から叙述しているので、両者は別のものとして扱うのが適切である。
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本書について、評者の感想をとり急ぎ簡潔に述べれば、新約聖書の四福音書に(濃淡の差こそあれ)登場するイエス、マグダラのマリア、サロメ、マルタ、ラザロ、ペトロ、ユダ、ピラト、ピラトの妻(新約聖書には名前が出ないが本書では Claudia Procula)、洗礼者ヨハネらについての点と線とがつながり、腑に落ちてありがたい。マリアが直接に見聞きしたことを叙述しているので、マリアの観点からではあるが、すべて筋が通るのである。
それだけでも、ペーパ版で約500頁の本書(邦訳『待ち望まれし者』だと上下2巻で約600頁)を読む値打ちはある。
ただ、評者は本書を、イエスとマリアとエジプトとの関りの観点で参考になるところがないかとの興味で読んだのだが、その点では得るところがなかった。その点を抜きにすれば、本書は1世紀の彼らの人間的ドラマを生き生きと伝える点で圧倒的な迫力と存在感がある。
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本書の視点は、今日主流になっているキリスト教の史観とは、相当に違い、どの派であってもおそらく受容れられないであろう。西方教会も東方教会も、今ではマグダラのマリアを聖人に列しているとはいえ、本書に述べられるような重要な側面(イエスに最も愛された弟子としてのマリアの活動とイエスとマリアの子孫によるイエスの教えの継承)は、閑却されているどころか、異端として中世には激しく弾圧された過去もある(特に13世紀初頭の南フランス)。本書の視点に添うと、その後のキリスト教はイエスが残した教えとは全く違う道を歩んだことになる。
本書はマリアとイエスとの関りに焦点をしぼっているために、マリアの思想上の特徴などには、ほとんど全くふれていない。その点が評者にはやや物足りない。
とはいえ、本書を読んだあとで例えばトマスによる福音書などを読めば、腑に落ちなかった点が得心がいく部分は多かろうと思う。
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本書の最大のテーマは、マグダラのマリアによる福音書(The Arques Gospel of Mary Magdalene)である。もう一つのテーマはイエスによる Book of Love であるが、それは本書が属する3巻シリーズ(Magdalene Line Trilogy)の後続の巻でくわしく扱われることになる。
ただ、本書でも、同福音書の全貌はわからない。20世紀半ばに公刊されたベルリン写本版のマグダラのマリアによる福音書は断片が多く、本書のような一貫したナラティヴを欠いている。
本書に引用される The Arques Gospel of Mary Magdalene の The Book of Disciples の一節に、上記ベルリン写本版に通じると思われる箇所がある(下記)。ここで Easa とはイエスのことである。
Those who witnessed Peter's criticism of me do not know of our history or from what source come his outbursts. But I understand and will not judge him, ever. This, above all else, is what Easa has taught me – and I hope he taught it as well to the others. Judge not. (Chapter 1)
(大意)ペトロの私への批判を目の当たりにした人は私とペトロとの来歴を知らないか、なぜ彼が激昂したかを知らない。けれど私は彼のことを理解しているし裁くつもりもない。決して。このことを、とりわけ、イーサは私に教えた——他の人にも教えてくれていればと願う。裁くなかれ。
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本書で最大の驚きは、マグダラのマリアと洗礼者ヨハネとの関係である(マリアの最初の夫がヨハネ)。この問題は今日にまで尾を引く Johannite(ヨハネ派)とイエス派との対立の根源をなすことが本書でわかる。この問題を視野に入れて初めて腑に落ちる点(絵画も含む)がある。
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本書で興味を惹かれたのは Lord's Prayer〈主の祈り〉のことである。これがイエス直伝のものとして強調され、新鮮な発見があるが、くわしくは著者の別の書(The Source of Miracles)にあたる必要がある。
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余録。本書を読んだひとは、Lyon's Gold Label を飲みながらマドレーヌをつまみたくなるだろう。
なお、前者は本書第2章に出てくるアイルランドの紅茶の名前。後者の Madeleine とは Magdalene のフランス語。
ただし、マドレーヌ菓子は入手しやすいが、Lyon's はアイルランドに行かないと買えない。
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