村上春樹がひそかに頭韻を……
この1週間でもっとも読まれた自分のノートが次。
といっても、入り口のところのPVが多かったというだけで、頭韻の原理をかいた部分は読まれていない。
などと、ぼーっとしていたら、村上春樹のシダー・ウォルトン(ジャズ・ピアニスト)論で、ひそかにちゃっかり頭韻をつかっている現場に気づいてしまった。ウオルトンの来日公演を聴きに行ったときの自分のことにふれた文章。
そのとき僕は二十五歳で、生意気な能書きで頭がいっぱいのいっぱしのジャズ・マニアになっていた。
これを読んだ瞬間、うおお、まさかの「いっぱ」の頭韻! と思った。日本語でこんなワザができるんだと、感嘆しきりだった。スイングしてるぜ。
頭韻というのは1音だけと決まってるわけのものでもなく、この例のように連続した音でもかまわない。
でも、よく考えると、上の例は英語では頭韻にならない。
Cedar Walton (1934-2013)