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全曲共感!なのに歌声もストーリーもバラバラ。川谷絵音とボーカリストたちの一大アルバム『BITEKI』

(2022年4月27日執筆)

毎週水曜日、世の中にニューリリースが出回る。
先週も多くの曲たちが世間の目に触れたが、今回はその中でも異彩を放つ『BITEKI』について書いていきたい。

indigo la End、ゲスの極み乙女、ジェニーハイ、ichikoro、礼賛の5バンドのメンバーとして活動し、美的計画、enon kawatani、独特な人という3つのソロプロジェクトを進行、プロデューサーチームpaemukaに所属し、DADARAYのプロデュースまで手掛けながら、プロダクト"バンド"LATENCYも立ち上げる。

もはや人生一周分以上の肩書きを持つバンドマン(他に適切なカテゴリーがあるかもしれない)川谷絵音

そんな彼が歌ってもらうことを委ねる美的計画の一つのゴールが、4月22日にカタチとなった。

全12曲。7曲の既発曲群に、新しい顔ぶれ中心の5曲が加わり形となったアルバム。

それぞれの声を活かしながら描かれる物語でありながらどことない統一感を感じるのは、川谷絵音の力量に他ならない。


美的計画とは

川谷絵音が手掛ける音楽を多様なボーカリストに歌ってもらい、1枚のアルバムを作り上げるプロジェクト、美的計画。始まりは2019年、にしなが参加した「KISSのたびギュッとグッと」。今作『BITEKI』では、「美しい声を更に美しくする音楽を作る」という計画のもとに10人の声が曲を連ねている。

美的計画プロフィール→https://wmg.jp/biteki-keikaku/profile/


以下、各曲レビューです。

7曲目の「点と線」、
みなさんは君と僕のどっちが点でどっちが線だと思いますか?

それとも全く違うことを考えましたか?コメントしてくださると嬉しいです!


まだ浅はか (feat.和ぬか)

アルバムに先駆け3月11日に先行配信された。
"まだ浅はか 私浅はか"というサビの繰り返しがキャッチー。

言葉と声のどちらもが憂いを帯びるからこそ、これだけ浅はかといいながら深みをもつ曲。

サビに負けず劣らず、1Aメロ出だしの、〈あなた〉を前に駆け引きや嘘を仕向ける〈私〉の心情の対比も素敵。

今作どの曲を通しても言えること、というよりも川谷絵音に言えることだが、恋愛における心情描写が言い得て妙。

そこにとどまらず文章として読みたくなる歌詞を書く。

"私の頭の中のあなたの頭の中が あなたの頭の外の私だと望んでるままでは"
この歌詞を反芻している時点で川谷の術中にハマったなと思う。

和ぬか(わぬか):SNSを中心に活動するシンガーソングライター。TikTokでバズった『寄り酔い』を皮切りに、コンスタントに新曲をリリースしている。


青い理想郷 (feat.春茶)

ひとつの曲が終わると声が変わる。このプロジェクトならではの良さを早々に実感する2曲目。

透明感のある可愛らしい声で大人を敬遠する言葉を吐くのが、シンプルに刺さる。これも一種の青春讃歌、と言えなくもない。

具体的な過去の栄光や現状への辟易を描かずとも、青春を輝かせることに成功しているからだ。

最後に、廃れていく青い日々を"青春が赤くなる"と言ってのける。

ユートピアは赤くない。見事なタイトル回収。

どういう生き方をすればそんな表現が思いつくのか教えてほしい。

春茶:登録者120万人越え(2022年4月27日時点)のYouTuberアーティスト。名曲カバーの歌動画の他に、ゲーム実況もあげている。


瞳に吸い込まれてしまう (feat.謎女)

若干の気だるさと憂いのある魅力的な声の持ち主、謎女。
陰口っぽい、人気者の〈あの子〉への羨望、謎女の声と見事にマッチした楽曲。

"登校日に限って化粧ノリが悪いの 前髪も決まらないの"の部分には全女子が共感するんじゃないか。

何度も言ってしまうけれど、「川谷絵音って女の子?」と疑問を持つくらい共感性が高い。

サビは3回目の"瞳に吸い込まれてしまう"から音数が増えることで、より気持ちが前面に伝わってくるような気がする。

演奏に加えて、言葉数少ないながらに飽きさせない声の魅力は間違いなくある。

謎女(なぞめ):謎に包まれた、正体不明のアーティスト。2019年11月『wit and love / child dancer』にてメジャーデビュー。


電話と恐竜 (feat.相沢)

目の前が真っ暗になった時に"セピア色ってこんな感じ?"って言われたら、私なら一発で惚れてしまう。

別れの電話を巡る女の子を、ファンシーにポップに描き出した一曲。生活の描写と、ダイナソーに染まり切った夢の世界が共存。

ファンタジーでふわふわした夢の世界を、ダイナソー一色にすることで的確に表した。

夢と、女の子の焦りの両方が加速していくような後半の畳み掛けも心地よい。

最後に鳴った電話の音は女の子の夢なのか、本当にかかってきているのか…。

相沢:歌い手。ニコニコ動画への歌ってみたの初投稿は2017年。indigo la Endの『夜の恋は』にもコーラスで参加している。


恋のこと

さきほどまでのJKソングとは一変、大人の曲だ。一行でそうわかる。

この曲の一人称は〈僕〉なわけだけど、ここにきてこのアルバムに性別なんて関係ないのではと気づく。

音楽を表現したいように楽しみ、人の気持ちの起伏を書いて歌う。

初めての恋に囚われながらもがく様を、初恋が自分の感性全てを縛り付けてしまうようなもがきを描く。

"あれから変われることばかり"という希望にもとれる文は、それだけ価値観を作り上げられた固定的な意味にもとれる。

誰かの家に泊まることを午前2時と歯ブラシで、心模様を天気で。
小説の一文のように情景を落とし込んでいく。

にしな:Spotifyがその年に注目するニューカマー「RADAR:Early Noise 2021」に選出。今年7月に新アルバム『1999』のリリースが控えている。


ハートは温泉美人の私のものよ (feat.謎女)

アルバムを手に取り最初に聴きたくなってしまう曲名のインパクト。

謎女さん、「瞳に吸い込まれてしまう」に続き目の敵の〈あの子〉がいる。

曲ごとにシチュエーションが変わりながらも、ボーカリスト主体の作品群だからこそ共通点も見てとれるのが面白い。

終始妬んでいるわけではない、むしろ部分的に敵対心を覗かせるからこそ際立つ。

自分を「未来の温泉美人」と、あの子を「一生性悪」と言い放つのが最高に皮肉効いてる。

そしてアクセントにa段を多用することで自然な聴き心地の良さが出ている。


点と線 (feat.さとうもか)

弾むようにさとうもかの声になっていくリリック。

"いつも振り回されるだけで答えはNOだった"のリピートセクションは徐々に感情が溢れ上乗せされていく様が感じ取れる。

ラップ調の箇所もあいまって、序盤からたくさんの表情を見せるさとうの技量がうかがえる。

〈君〉への不満が次から次へ、一度口を開くと言葉が止まらない。
そんな主人公の気持ちが、溢れ出る早口がラップとかなりあっているように思う。

点と線、一点で重なることはできても寄り添い交わることは叶わない。

〈君〉にとって〈僕〉が気を紛らわす点だったのか、思い続ける〈僕〉の線のような気持ちに〈君〉はたまにしか応えることがなかったのか。切ない。

さとうもか:昨年メジャーデビューした岡山出身のシンガーソングライター。先月2枚のシングルをデジタルリリースしている。


だからラブ (feat.相沢&映秀。)


恋だの愛だの、重きの置き方は結局人それぞれで、自分の思うようにすれば良い。冒頭の歌詞は、解釈が受け手に委ねられる音楽に似ているような気がする。

恋に落ちるなんていうけれど、この曲は堕ちるという方がしっくりくる。

歌詞に余白を残しながらも重厚な関係を描き、その考える余地に万人に当てはまる要素があるように思える。

相沢の繊細な声と落ち着いたメロディで力強い意志を表現し、2番から映秀。も合流することでより鮮明に2人の存在を感じられる一曲。

映秀。(えいしゅう。):先月20歳になったばかりのソウル生まれのアーティスト。にしな同様、ネクストブレイクアーティスト「RADAR:Early Noise 2021」の10組に選出される。


ピーナッツバターシークレット (feat.CLR)

最近礼賛でも注目を浴びたサーヤ、美的計画でも川谷とタッグを組んでいる。

tinyのくだりでリスナーを一気に引き込む。これがCLRか、と感嘆。
カタカナと英語の使い方がうまい。口ずさみたくなるフレーズを巧みに挟んでいる。

難しすぎず聴き馴染みある言葉を織り交ぜてるからこそ、歌詞に深い意味を見出さなくても好きになれる。

一歩間違えると意味不明になりかねない音を、見事にキャッチーへと昇華した作品。

川谷とCLR、同じタッグでもどちらが楽曲を手掛けたかで聴き比べると面白そう。

CLR(クレア):お笑い芸人ラランドのサーヤのアーティスト名義。昨年12月に結成したバンド礼賛では作詞作曲とボーカルを担当。


KISSのたびギュッとグッと

美的計画始まりの一曲。
一枚のアルバムを作りたいというもとに始まった第一作目が、こうしてアルバムに収録される。

エモい。

エモいで片付けたくないけれど、年月と川谷の創作性と多彩なボーカリストがいたからこその結晶だと思うと感慨深い。

"気持ちも曲げるユリゲラー"という、スプーンを見るたびに思い出したいフレーズ。

10曲目まで来ても飽きさせない語彙力を見せつけてくる、羨ましい見習いたい。

3分とは思えない凝縮された曲の密度。

ぎゅっとぐっと、じわじわと暖かくなるような盛り上がりを見せる。
歌の終わりから頭へ、無限リピートできる構成のようにも感じる。


マウントゲーム (feat.青空&絲花)

湿度高めな曲が続いたけれど雰囲気が一転。
もはや若者や女社会のネタとなりつつあるカースト制やマウントの取り合い。

ふたりの女性ボーカルでそれを痛快なテンポで歌い上げる。
「だからラブ」のデュエットとは毛色をガラッと変えてくる。

厄介事から距離を置くのではなく、闘って勝ってやりたいというスタンスの曲はなかなか珍しいのでは。

最後に登場する"モノグラム"とは、2つ以上の文字や記号を重ねて1つの記号を形成したもの。検索するとVUITTONのロゴが真っ先にヒットする。

"ギラリと光るバッグ"と"モノグラム"をかけたと思うと恐ろしい。

結局持ち歩いているのは、見栄を張るためだけの飾りなんだ。

青空(そら):SNSを中心に弾き語りを載せる18歳のシンガーソングライター。福井出身で少しずつ東京に進出中。

絲花(いとは):京都在住のシンガーソングライター。Twitterにてほぼ毎日カバー動画を投稿。


文読む私

何度目かわからない、歌詞を読みこれぞ女の子~!と思うと同時に、これを書いたのは川谷絵音であることを思い出す。心に女の子を飼ってる。

そしてベースが心地よいったらありゃしない。
間奏で低音が前に出ることでかわいらしさより女らしさが増す。

アルバムを通して言えることだが、自己肯定感が高く自分という人間をしっかり捉えている子の描写が多い。

アルバムの締めとして歌詞はもちろん演奏もしっかり聴かせてくるこの曲を持ってくるのことで、可愛く生きたい全ての人が前を向いて進める曲群が完成した。


みちゃろっく第3段『BITEKI』レビューを読んでくださりありがとうございます。

川谷絵音さんというと、2014年のMステで披露した「デジタルモグラ」を思い出します。

当時はサブスクなんてまだ知らず音楽を聴く手段も時間も限られていた私でしたが、録画したMステを何回も観てあの独特なリズムを体に染み込ませていました。

当時高校生だった私にとって、川谷絵音率いるゲスの極み乙女。は「なんじゃこの人たち面白いかっこいい!」となるのに十分すぎる存在で。

それから8年経ち、もはやひとつの呼称で呼べなくなった川谷絵音さんの音楽に再び衝撃を受けています。

ひとりの人間でありながら脅威的な作成スピードと話題性を兼ね備えた人だと思っています。

コロナでツアーが中止になってしまったり、私用でゲスの出番だけフェスを抜ける羽目になったり、いまだに生でお目にかかれていないのですが。

来たる5月4日、JAPAN JAM2022にてようやくその音楽を浴びれそうです。

デジタルモグラが流れた暁には、8年越しにガッツポーズ掲げてやろうと思います。


最後に、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

専門学校の友人たちにTwitterのフォロワーさん、たくさんの音楽好きに囲まれた幸せな4月でした。


2022年4月22日配信リリース
美的計画『BITEKI』


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