マシマロ
狭い路地で後ろから車来るなと願いながら路駐して飲んでいる友達を待っていた夜から数日後、僕は奥田民生のライブのために六本木を再訪した。
奥田民生は珍しく母親から勧められたことと大好きなくるりと親交が深かったことからなんとなく聴き始めた。今も曲をうまく把握出来なくてなんとなく聴いている、曲のパッケージに反して奥深さがある。例えば「マシマロ」という曲は、マシマロがタイトルなのに、マシマロを歌った曲ではない。軽快なギターのフレーズに乗っていつマシマロが出てくるのだろうと聞いていると、ようやく曲の最後に「マシマロは関係ない、本文と関係ない」と歌っている。ではマシマロはなんなのか。その適当な感じに、逆にセンスを感じててまた聴いてしまう
開演して、舞台袖から奥田民生が登場する。タオルを頭に巻き、作務衣を着てサンダルを履いている。作務衣ってお坊さんが空飛べるタイプの箒で枯葉穿いてる時着てるやつです。あと形から入る陶芸家が着ているやつです。サンダルでペタペタ音出しながら入ってきた。
この空気感だ、奥田民生の脱力系とか言われるのはこの辺だ。そして、歌い始めるとその声量と迫力に圧倒される。奥田民生はこの気が抜けてしまう感じとカリスマ性を両方出しているから奥が深いのだと思う。
アコギで会場の温度を上げたと思えば、「やっぱ指痛いな、昨日もやってたから」と言い放す。このライブはオンライン配信もしていて、オンライン配信用にグリーンバックで背景を合成するのだが、機械の不具合で背景が合成されない。「ありゃ、あれれ」マイクを通さずアーティストの声を聴いたのは初めてだったが、まさかトラブルが原因だとは。スタッフを呼んでセットしている間には「虎舞竜、虎舞竜、なんでもないようなことが幸せだったと…」と呟く。
脱力の中でカリスマが垣間見得る瞬間は2時間あまりのライブでもたくさんあった。
奥深さで一生奥田民生を聴けると思った。ドライブにピッタリのリズム感、言葉遊び、もろもろのカリスマ性とyoutubeやラジオで見せる脱力感の奥田民生、その奥深さに無限を感じた。
マシマロは関係ない。マシマロは関係ない。