『限界分譲地』ノート
吉川祐介
朝日新書
30年以上前の話だが、懇談の席でスキー愛好家の友人から、越後湯沢のリゾートマンションを購入し、家族や友人家族を連れて毎年スキーに行っているという話を聞いた。マンション内には温泉大浴場もあり、スポーツジムもありで、ホテルの予約をする必要もないので、いつでもスキーができると自慢していた。一度しかスキーをしたことがない筆者には縁遠い話であった。
その彼も歳を重ね、以前ほどスキーに行かなくなったこともあり、子どもたちも独立して遠隔地に引っ越してしまい、毎月の管理費が負担となってきたので手放したいのだが、と言いはじめた。売れるのかと私が聞くと、答えは、売れるには売れるけれどもいま売ったらローンが半分以上残ると嘆いていたことを覚えている。
JR越後湯沢駅周辺に20階以上もあるような中高層マンションが林立しているのは、新幹線の車窓から見えるので知ってはいたが、彼のマンションの場所をよく聞いてみると苗場のスキー場の近くで、確かに湯沢町ではあるが駅から20キロ以上も離れたところであった。
売りたいという話を聞いたのは20年ほど前だったが、その後、亡くなったのでそのマンションを遺族がどう処分したのかはわからない。
この本によると、苗場スキー場近くのリゾートマンションは、いまや最安値を更新し、1室10万円で売りに出されている物件もあり、それでも買い手は付かない有様だというのだ。筆者もネットで検索してみたが、確かに売値10万円のワンルームマンションがいくつかあった。
コンビニエンスストアもないようなスキーリゾート地に大型マンションが林立し、合計1千戸以上が供給されブームになり、新築当時は数千万円もの価格の付いたマンションもあったそうだ。
友人から相談された当時の彼のマンションの売値がどれくらいだったのかは分からない。いまほどの超暴落ではなかったにしても、銀行からの借入額を返済するには売値が安すぎたのであろう。
著者はこのような不動産を〝負動産〟と書いている。この単語は不動産業界では当たり前の言葉のようだ。
そのほか、東京通勤圏内を謳いながら、実際は計画段階ですぐには開通する見込みがないような公共交通機関の予想路線図をチラシに載せ、消費者を欺く悪質業者もいた。
たしかに高度成長期には、首都圏の土地の価格は急騰していたので、将来必ず価格が上がるという神話に取り憑かれていた人も多かったのであろう。投資家は別にしても、その辺りの心理につけ込んだ商法がまかり通っていた。
それらの「●●ニュータウン」などと名付けられた住宅団地は、新築住宅が建つこともなく、いまやうち捨てられた地域になっている。
その一番の原因は、買う側の投機目的の購入にあった。そのため団地内の道路や上下水道などの通常なら公共で整備済みのはずが、全て私道であったり、住民が負担する維持管理方式であったりして、生活のためのインフラが当初から未整備であった。
著者が例に挙げているのが、著者自身が住んでいる千葉県内の総区画数64区画の分譲地の状況だ。家が建っているのが7軒。そのうち住んでいるのが5軒で、2軒は別荘として使われているそうだ。あとは当初から空き地のままだ。これまでその分譲地に新築をした人はおらず、いまは中古で購入した人か借家だそうだ。
土地購入者のほとんどは最初から家を建てて住むつもりはなく、造成時から値上がりを待ってそのまま放置していて、そのうち購入者、ほとんど首都圏の人だったそうだが、首都圏から遠く引っ越してしまい、固定資産税だけは払い続けている状態だ。
当然、管理もできず通行にも困るような草茫々の空き地になっていたり、持ち主が亡くなり、相続した遺族がその土地の存在に気づいて、処理に困っている等のケースが大半だ。不動産屋も売値が安すぎて手が出せず、繁盛しているのは、草刈りビジネスだけだという。ただでいいからもらってくれないかという人も出てきているそうだ。
著者はどちらかというと、望んでそのような所に居を構えたようだが、いまやYouTuberとして累計再生回数2000万回を超える『限界ニュータウン探訪記』などを運営しており、講演活動もしている。
この本は、ウソ八百・誇大広告、デタラメ営業、法律の隙間を突いた乱開発など高度成長・バブル期の土地神話を利用し、それに載せられた投資家やいずれ一軒家を持ちたいという一般の人たちの願望を逆手にとった分譲地売買の実態を明らかにしており、不動産取引の暗部を暴いている。
先に述べたように、相続した土地について、「遠くに住んでいるので、その土地を利用する予定がない」、「周囲に迷惑がかかるから管理が必要だと思うが、管理費用の負担が大きい」といったさまざまな理由で土地をなんとか手放したいというニーズが増えてはいるが、売主が相場を無視した高い価格を希望している一方で現実の実勢価格は底値で、仲介手数料で稼ぐ不動産業者もほとんど扱わないのが現状だ。
その土地が管理されないまま放置されることで、将来、多くの「所有者不明土地」が発生することを防ぐため、国は法律を制定し、相続又は遺贈(遺言によって特定の相続人に財産の一部又は全部を譲ること)によって土地の所有権を取得した相続人が、一定の要件を満たした場合に、その土地を国庫に帰属させることを可能とする「相続土地国庫帰属制度」が令和5年4月27日からスタートしているが、その〝負動産〟処理への道はまだまだ遠い。