『NYアトリエ日記』ノート
千住博著
時事通信社刊
千住博は私が好きな現代の日本画家である。友人から届いた絵はがきでこの人の「滝」の絵をみた瞬間、なにか惹かれるものがあった。
その後のことであるが、3年前の夏に軽井沢に出かけたときに、案内図に「軽井沢千住博美術館」の表示を見つけたので、予定を変更して行ってみた。この本もそこで購入した。
この美術館は地形の傾斜に合わせて、館内も緩やかに傾斜しており、総ガラス張りで曲線に囲まれた中庭やスクリーン越しの自然光が上手く利用されていて、軽井沢の自然の風景に溶け込んだ、とても建物の中にいるとは思えない美術館であった。
館内に入った瞬間、壁などが〝白〟のイメージで統一され、ギャラリーも通常の美術館の四角四面の壁面ではなく、大きなホールに独立した壁があちこちにランダムに配置され、その壁の両側(裏表)に作品が千住博の作品が架けられ、その前にはいろんな形の椅子が置かれていた。
この美術館は建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を受章した建築家の西沢立衛と千住博がコラボレーションした建築物で、この美術館があまりにも素晴らしかったので、美術館の紹介が先になってしまった。
この本は、日々の日記と、彼の創作に関わるエッセイや対談をまとめたものである。
千住博は以前、京都造形芸術大学の学長を務め、いまは同大学附属の康耀堂美術館の館長と同大学院の芸術研究家の教授を務めている。
美術館に行って知ったが、いまは「滝」から「崖」をモチーフにした作品にシフトしているようだが、「滝」をモチーフにした作品は、いくつ見ても見飽きない。この美術館には、ブラックライトで浮かび上がる『青い滝』や、液晶ディスプレイを使った作品もあった。
そうそう、横浜で行われたAPEC2010(アジア太平洋経済協力)の首脳宣言の会場の演台のバックには千住博の巨大な滝の絵が掲げられていた。
彼の作品は、美術館内にとどまらず、羽田空港の国内線第2ターミナルや新国際線旅客ターミナルの入国審査場の前など、羽田空港のあちこちに巨大な作品が21作も飾られていて、建物と一体になっており、全てを見たことはないが、羽田空港全体が千住博の美の回廊のようになっている。本にはこの一部の作品がカラーグラビアで載っている。
本のタイトルにあるように、千住博はニューヨークに、元は発電所だったという建物を改造したアトリエを持っており、年間200日はここで過ごす。
彼は書く――私はニューヨークをよくサラダボールにたとえる。なぜならどんなに中身を混ぜてみてもトマトはトマト、キュウリはキュウリと逆に個性がきわだち、お互いを必要としていて、そして総体としてその色どりをしっかり持つミックスサラダに、ニューヨークという街が似ていると思うからである。様々な宗教、思想、国籍、民族によって成立しているニューヨーク。同じ人間だけれど皆個性も持ち味も違う。その中でこそ自分が何者かを客観的に知ることができる。それこそがニューヨークなのだ。
彼の作品は旧家の襖絵や掛け軸風の作品もあり、日本画の手法にこだわりながらもそれに新しい風を吹き込むべく現代絵画に挑戦する千住博の作品は奥が深い。それはこの本に収録されたエッセイも同じである。
皆様ご存じとは思うが、千住博の弟は作曲家の千住明、妹はヴァイオリニストの千住真理子である。