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『静かな木』ノート


(新潮文庫 藤沢周平著)
 この本の裏見返しに平成22年12月28日と日付印が捺してある。映画の『たそがれ清兵衛』を映画館で観て、藤沢周平のファンになり、刊行されている本をリストでチェックしながら一年くらいをかけてほとんど全て読んだ。

 数ヶ月前だったか、noteを教えてくれた若い友人に、「タイトルに〝木〟が付く本を探している」と言うと、この本をネットで探してくれたのだ。著者は藤沢周平だという。ならば家の書庫にあると思い、昨夜(2月28日)ようやく探し出して再度読んだ。

 というのも、最初にこの友人が面白いからと推薦してくれたのが『始まりの木』(夏川草介)、そのあと、『旅をする木』(星野道夫)、そして別の友人が、『詩人の声を聞いた木』(谷川俊太郎・加賀見博明)をたまたま紹介してくれ、またこの友人が『クスノキの番人』(東野圭吾)を教えてくれた。それで、〝木〟シリーズを書こうと思い立ったわけだ。だからこれで〝木〟シリーズは5冊目となる。

 さて本題に入る。
 5年前に隠居した主人公の布施孫左衛門は以前、上司であった勘定奉行の鳥飼郡兵衛(いまは中老という藩の重職にある)の不祥事をかばって、帳簿記載の誤りとして自分と同僚の寺井権吉が責任を負って、元々多くもない家禄を減らされたことがあった。また隠居した年に連れ合いの季乃を急病で失った。
 よく通りかかる時に仰ぎ見る福泉寺の欅の古木は、強い西風であらかた葉を落としている。その姿をみて、孫左衛門は老境を迎えたいまの心境をこの古木に託す。

 ところが事件が起きる。間瀬家に婿入りしている次男の邦之助が、以前助けた鳥飼郡兵衛の息子の勝弥という名高い剣士と果し合いをすることになったのである。その理由を邦之助にただすと、「侮りをうけましたゆえ」と言う。このまま果し合いをすれば、まず邦之助に勝ち目はないし、邦之助が勝っても負けても、相手が中老鳥飼家の総領となれば、間瀬家は存続の危機に立たされることは必至だ。
 そこで孫左衛門は一計を案じ、過去の不祥事の調書を探し出し、再度出るところに出れば、自分にも咎めはくるが、いくら中老職にある鳥飼もただでは済むまいと考えた。そして昔の伝手を頼り、添状をもらって町奉行所に行き、その調書を探してもらうが、書庫からそっくり消えてしまっていることが分かった。

 意を決した孫左衛門は、中老の鳥飼郡兵衛に会い、父親としてまた藩の要職にあるものとして、息子同士の果し合いを止めるよう命じてもらいたいと頼んだが、中老に軽くあしらわれる。
 しかし孫左衛門は一歩も引かず昔の不祥事のことを持ち出す。そして調べがあったのは衆知の事実であるのに、その調書が紛失してしまったのは郡兵衛の仕業であり、いかにもまずいことをしたなと迫る。
 孫左衛門の気迫に押され、郡兵衛は息子に止めるよう言ってきかせると約束をしたが、それで引っ込むような郡兵衛ではない。案の定、中老屋敷からの帰り道、刺客が孫左衛門を追ってきた。しかし若い頃から剣に自信があった孫左衛門は峰打ちで撃退する。また元同僚の寺井権吉も襲われるが、得意の〝手詰め〟(描写によると合気道のようなものか)で、敵を一蹴する。
 
 春が訪れ、鳥飼家の後ろ盾であった筆頭家老が病気を理由に引退し、その影響で鳥飼郡兵衛は収賄にかかわる疑獄で摘発され失脚した。それには、邪な権勢を振るってきた中老(孫左衛門は〝人間の屑〟と以前から呼んでいた)に反発する力がその追い落としに一役買い、結果的には孫左衛門の味方となった。
 桜のつぼみが膨らみ始めた頃、間瀬家には初孫が生まれ、福泉寺の欅の古木にも青葉が茂っている。軽い風が欅のこずえをわずかに揺すった。事件の前と後の欅の古木を眺めての孫左衛門のうってかわった感想の違いを、欅の古木が笑ったようである、と結ぶ。

 この作品だけではなく、藤沢周平の小説には、名もない市井の民や下級武士がその身分に関係なく正義を貫き、誠実に生きる姿が多く描かれており、読者の私たちも、読み終わって溜飲が下がる思いがすることが多い。

 いま政治家や総務省や農林水産省の官僚の汚職のニュースがかまびすしいが、上司にへつらい、矜恃を失って多額の金や高級な料理に身を持ち崩す姿を見るたびに、藤沢周平の小説を思い出す。

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