『マルサリス・オン・ミュージックwith小澤征爾』ノート
LD2枚組
ソニー・ミュージックエンターテインメント
今回取り上げるのは本ではなく、LDという昔のデジタル媒体に記録された『音楽について』という実演付きの講義の記録だ。
LDはレーザーディスクの略称で、大きさは昔のLPレコードとほぼ同じで、アナログレコードのように裏表に記録されている。DVDやBlu-rayに比較して大きくて重く、取扱いに注意を要する。LD専用のプレーヤー(既に製造中止)で再生するのだが、DVDやBlu-rayのように記録することはできない。
今年(2024年)2月6日に小澤征爾が亡くなったというニュースを聞いて、およそ30年前に購入したこのソフトのことを思い出した。秋葉原にパソコンの部品を探しに行ったときにたまたまこのLDを見つけ、これを観たいがために当時としては高価だったLDプレーヤーを購入したのだ。気に入ったソフトがなかった事もあるのだが、家にはこの2枚のほかはあと数枚しかない。
今回noteを書くために久しぶりにLDプレーヤーのスイッチを入れたら、トレイが起動したのでほっとした。余談だが、このプレーヤーはCDも聴くことができるが、最近はCDで音楽を聴くことも本当に少なくなった。最近はスマートフォンの音楽ソフトでばかり聴いている。
前置きはこれくらいにして、このLDの内容について書く。
イントロダクションとして小澤征爾が、この映像が収録された場所の説明をしている。
アメリカニューイングランド地方のタングルウッド(マサチューセッツ州)というところにある古い大きな納屋が演奏会場である。ここは小澤征爾が当時音楽監督をしていたボストン交響団の夏の練習場で、この『音楽について』に出演しているのはタングルウッド・ミュージック・センター・オーケストラというタングルウッドにある音楽学校の学生だけで編成しているオケだ。
ホスト役はここの音楽学校の卒業生で、その後、ジャズトランペッターとして、またクラシックの演奏家としても有名になったウィントン・マルサリスである。
彼が率いるウィントン・マルサリス・ジャズ・オーケストラと、小澤征爾が指揮するタングルウッドのオーケストラ(第3部は吹奏楽団)が交互に演奏をしながら、子どもたちや親たちが音楽の基本を学び、クラシックや吹奏楽のみならずブルースからジャズまで、親しみ、楽しんでもらいたいという趣旨でこの企画を立てた。
筆者にとっては、特に第3部の吹奏楽団とジャズバンドの演奏を通しての吹奏楽とジャズのリズムやグルーヴ感の違いや、楽曲の構成の対比が特に興味深かった。
印象的なのは、小学生くらいの多くの子どもたちが、演奏会場である納屋の床に座って間近で演奏を聴きながら身体を揺らし、また階段や納屋の二階の手すりの隙間から足をぶらぶらさせながら、鈴なりになって手を叩きこの演奏を愉しんでいる光景だ。
最初にマルサリスが、音楽の基本はメロディではなくリズムだということで、チャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」の「花のワルツ」を、小澤征爾はオリジナルで演奏し、マルサリスはデューク・エリントン編曲で披露する。
このあとも、チャイコフスキーのほかに、プロコフィエフからジョージ・ガーシュウィン、デューク・エリントン、アイヴス、ルイ・アームストロング、ショスターコヴィチ、スーザ、バッハなどの作品を例に挙げ、それを二つのオーケストラが演奏し、その違いを解説しながら、耳と言葉で様々な音楽の形式を教えてくれる。
マルサリスは、「動きがなければリズムはない。リズムがなければ音楽はない」という言葉で、実際に演奏をしてスイングというものを教えてくれる。演奏の合間の子どもたちの明るい中にも真剣な表情と素直な拍手に感動する。
マルサリスも小澤征爾も演奏を披露しながら、子どもたちに語りかけ、時には質問を投げかける。クラシックやジャズの演奏だけではなく、マルサリスの的確な解説によって、楽典など音楽の基礎が自然と身につくようになっているのが素晴らしい。筆者もこのLDを何度も観たが、眼を輝かせているこの小さな聴衆から何人の演奏家が育っただろうかと考えることがある。
このLDは二枚組で4部に分かれ、全体で2枚(4面)合わせて4時間弱だ。ちなみに、DVD(2枚組)が出ているが、Amazonやタワーレコードでは残念ながら長い間品切れ状態だ。廃盤になったのかもしれない。
最初が「なぜタップを踏むのか」、第2部は「音楽の形式を見分ける」、第3部は「スーザからサッチモへ」、最後が「モンスターに挑戦する」となっており、マルサリスとチェロ奏者のヨーヨー・マとの共演も聴くことができる。ここではマルサリスが楽器演奏の練習の基本を12点にわたって解説し、若手プレーヤーを指導する。ここで言うモンスターとは〝練習〟のことだ。
なにより驚くのは、マルサリスがブレス(息継ぎ)なしでペットを演奏するシーンだ。もちろん息をしていないわけではない。鼻から息を吸っている間は、頬に溜めていた空気を吹き口へ送り込んでいるように見える。これなら無音状態がなく、ずっと吹き続けられる。それを披露するのは、練習の基本の9番目〈ひけらかさない〉のシーンだ。
ウィントンが高校生の頃すでにこの奏法を身につけていて、ソロの時にそれをよく披露していたそうだ。それを聴いたジャズピアニストだった父親から〝うけ〟ねらいの演奏は底が浅いと注意され、彼は自分のテクニックを自慢することに気をとられ、表現力を養おうとしていなかったと反省を込めて語っている。しかし、何度聴いてもその奏法のすごさに感動する。
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