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『その本は』ノート

又吉直樹、ヨシタケシンスケ 共著
ポプラ社刊

 ヨシタケシンスケのイラストが好きだ。描く顔も表情が淡々としているのだが、何だか眺めていてほっとするような味がある。特に目がいい。
 この本の帯の幅が本の縦の寸法の3分の2以上あり、その帯が白地にカラフルなイラストで作者二人の無表情に見えるイラストが描かれていて、本屋の平積みで見つけた途端、手に取ってしまった。

 で、帯を外すとカバーは西洋の封建時代の本のような装幀で、お城のイラストの下に二人の作者の名前が縦に並べて書かれている。さらにカバーを外すと、糸綴じの上製本の表紙は、デザインは違うが、やはり二人の作者の名前が書かれている。
 見返しやページは、昔の本の雰囲気を出すためか、天地と小口(紙が綴じられている部分を〈のど〉と呼ぶが、そののど以外のところ)が、年代を経た本のように1センチほど日に焼けたようになっている。

 プロローグにはこうある。
「その本は、表紙に二人の男の名前が書いてありました。
 ある王国が作った本でした。その本のあらすじはこんな感じ。」

 もう年寄りで目がほとんど見えない本好きの王様が、二人の男を城に呼び、二人の男に、めずらしい本について知っている者を探し出して、その本の話しを教えてくれと命じる。
 二人の男は世界中を旅するためのお金を渡されて、旅に出る。そして一年後に二人は旅から戻り、もう起き上がることができなくなった王様に、いろんな人から聞いたいろんな本の話を二人は一晩ずつ、交代で大様に話して聞かせるのだ。

 章は第1夜から第13夜まであり、必ず「その本は」で始まるごく短いお話や掌編小説、それもちょっと怖い話しや、「本とはどういう存在なのか」という考察(?)まである。例えば、その本はいつかボクを救ってくれるはずだ。その本を持ってさえいれば、いつか生まれかわると信じている男の話。とんでもない速さで走っているため誰も読むことができない本のことなどなど、いろんな本の荒唐無稽な話も出てくる。

 第4夜――「その本は」そんなに仲のよくない友人が貸してくれた本で、もちろん読んでない。いつか返そうとはと思っているが、先方もこの本のことを覚えているのかどうか、確認するのもめんどくさい。わざわざ返しにいくのもめんどくさいし、そこそこ珍しい本らしいので、捨てる訳にもいかない。このままずっとボクの部屋にあり続けるような気がする、という話。体験にもとづくお話か?

 第7夜は又吉直樹の短編小説だ。将来は絵本作家になりたいと思っている二人の小学5年生の淡い恋ともいえないような恋の物語。ひとりがイラストをノートに描くと、もうひとりはそれに吹き出しでセリフを書き込んで、返すことを繰り返し、それがやがて交換日記になる。この二人はその後、幸せに暮らしたのかどうか。

 第9夜は、娘の結婚披露宴で、10年前に撮影した父親のお祝いのメッセージと、父親がトランペットで『ザ・ローズ』を吹いている映像に込められた父親の思いを描いた物語。その父は、「来年くらいに結婚してくれると、この映像を破棄して実際に(結婚式に)参加できるのですが…」といい、母親の方が、「来年だとまだ高校生だよ」と言って笑っている場面が出てくる。

 エピローグは、「その本は、表紙に二人の男の名前が書いてありました。王国が作った本でした。その本の後半のあらすじはこんな感じ」と始まる。
 二人の男からたくさんの本の話を聞き、王様は満足して、家来にこう言った。「やはり本は面白い。この二人が集めてきた本の話を、一冊の本にまとめよ」。
 そして次の月に王様は亡くなった。王様の最後の命令通り、二人が集めたお話は、一冊の本になった。
 しかし、世界を旅したはずの二人の男は、一年間どこにも出かけておらず、旅の費用を自分の生活費にして、家の中でゴロゴロしながらすべてのお話をでっち上げたのだといわれてしまう。
 二人の男は捕まってしまい裁判で有罪が言い渡される。裁判官に、最後に何か言いたいことはあるかと問われ、二人の男は少し考えた後、口をそろえて言いました。
「その本は…」――でおわり。

 このあと、この二人はなんと言いたかったのか……気になる。
 そうなのだ。その本は、この私の手元にある本であり、王様が命じて作らせた本であり……うーん、こんがらがってわからなくなった。面白かったからどうでもいいや!

 この本のところどころにコップの跡や、コーヒーでもこぼした染み、少しよれたように見えるページ、セロテープの跡、それにページのところどころの柱に描かれている象形文字のような、どこかの国の古代文字のような、虫の這ったような跡のような不思議な文様が面白くて、つい柱だけを最初から通して眺めてしまった。これが電子ブックじゃ味わえない紙の本の素晴らしさだ。

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