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オンブラ・マイ・フ〔第2話〕

 一週間の合宿も無事終わり、オペレッタの出来映えも予想以上だとの指導教師のお褒めの言葉をもらって嬉しかった反面、ボクの心の中にはずっとわだかまっていたものがあった。
 二学期が始まり、音楽祭の準備で忙しいこともあって、西野と一緒に帰ることもなくなり、言葉を交わすのも練習の時のやり取りくらいだった。二人で話す機会を作りたいと思いながらも彼女にいい出す勇気もなかった。彼女からの誘いもなかった。
 コーラスやピアノ、大道具や小道具の係、ドライアイスの煙を出す係、ナレーションや照明、BGMや効果音の係など全ての部門で、部員たちは先輩後輩なく、試行錯誤しながら力を合わせて一生懸命に取り組んで当日を迎えた。
 高校生初のオペレッタ上演と銘打って地方新聞に告知記事を出してもらった。ほかにも手書きのポスターを皆で作り、市役所のロビーに掲示してもらったり、商店の店先に貼らせてもらったりの前宣伝の効果もあってか、体育館は満員になった。
 公演は大成功で、観客は西野結衣子のアリアに聴き惚れていた。涙を流す人もいた。ボクも舞台袖で聴いていて胸が熱くなった。地元にいる先輩たちも来てくれていて素晴らしかったと口々に褒めてくれた。指導教師も喜んでいた。地方紙が記事にしてくれ、彼女の舞台での写真と総監督だったボクの顔写真入りのインタビューが掲載された。

 音楽祭が終わると、ボクら三年生は引退した。部長選挙と指揮者の指名も終わり、毎日行っていた部室にも顔を出さなくなった。西野結衣子とは話すどころか姿さえ見かけなくなった。
 久しぶりに部室に顔を出すと、後輩の女子が、西野先輩は学校をやめたって本当ですかと聞いてきた。ボクは内心驚いたが平静を装って、らしいねとだけ答えた。ボクは私物の楽譜を取りに来た振りをしてキャビネットを開けて探し始めたので、後輩もそれ以上訊いてはこなかった。
        *
 冬休み前の最後の練習の後、二年生だけ残って話をしているうちに、初日の出を拝みに行こうという話で盛り上がり、私は山登りをしたことはなかったが、川野君が行くというのを聞いて参加することにした。夜中の一時に登山道の入口に集合ということになった。
私は帰り際に、道が分からないので家まで迎えに来てくれないかと川野君に簡単な地図を書いて頼んだら、いいよとすぐに返事をしてくれたので嬉しかった。帰ってすぐに母親に話したら、うちで一緒に年越し蕎麦を食べてから行けばと提案してくれたので、翌日、自転車で彼の家まで行き、十時に来てねとメモに書いてポストに入れてきた。電話番号も書いた。今日は呼び鈴を押すことに何故か躊躇いがあった。
 翌日のお昼時に電話があった。公衆電話からだった。彼はご馳走になりますと言ったので、もっと話そうと思ったのに電話は切れた。

 大晦日の夜、紅白歌合戦を観ながらなんだか落ち着かなかった。こんな気持ちになるのは初めてだとそわそわしながら、チャイムが鳴るのを待った。私の素振りに気がついたのか、母から冷やかされた。父は黙ってテレビを観ていた。
 チャイムが鳴った。小走りで玄関に行きサンダルを引っかけドアを開けた。居間に招き入れると、彼はコートを脱いで、大晦日におじゃまして申し訳ありませんと正座して父に頭を下げていた。父は、未成年だからお酒は飲めないかと言いながら、上機嫌でお煮染めをつまみに熱燗の杯をあけていた。父親が飲んだくれだったので、自分は大人になってもお酒は飲まないことにしていると両親に話していた。母が聞き上手なので、いろんな事を彼は話していた。母は、小さい頃から苦労したのねと言っていた。私は台所に立ってお茶を淹れながら、聞くともなく聞いていた。
 蒲鉾と刻んだ油揚げがのった年越し蕎麦を彼は美味しいとお代わりをしていた。除夜の鐘が鳴り始めた頃には父は酔いつぶれて、炬燵に足を入れて座布団を枕に寝入っていた。
 私は、川野君にもう行かなくちゃねと促し、外に出た。彼の自転車を門の中に入れた。風もなくあまり寒くはなかったが、山の上は風が強くて寒いよと言うので、フード付きの厚いコートに着替えて、毛糸の帽子を被った。
 横断歩道の信号が赤になったが車も来ないので、渡ろうとしたら、ダメダメと彼から呼び止められた。こんな時間に信号を守るのはおかしいと言いながら、立ち止まって夜空を見上げると、『オンブラ・マイ・フ』の出だしが思わず口からこぼれてきた。川野君は黙って聴いてくれていた。曲名を訊かれたので、題名と歌詞の意味、そしてこの歌を私の結婚披露宴で歌うのが夢だと言うと、彼はもう一回歌ってと言った。
 私は、腕を組んでくれたら歌ってあげると言い、返事を待たずに川野君の左腕に手を回した。そうしないと照れて腕を組んでくれない気がした。このまま二人だけだったらいいなと思った。集合地点までの一時間はあっという間だった。

 山道の勾配はきつく、足が痛くなったが私は頑張って登った。女子たちは男子に手を引いてもらっていたので、私も彼に手を引いてもらった。男子六人、女子四人だったので、あぶれた二人の男子はふざけながら走って先に登って行ってしまった。
 手袋越しに彼の手の温かさが伝わってきた。段差のある階段を登る時に力を入れてくれるのに合わせて私も強く握った。今の気持ちを伝えたつもりだったが、伝わったかどうかはわからなかった。
 初めて初日の出を見た。東の水平線は雲がかかっていたが、陽が昇るにつれ雲が薄くなり、オレンジ色の光が一直線に海から山頂まで伸びて来たので感動した。彼の顔を見て何か言おうと思ったが、川野君は正面を向いたままだったので言いそびれた。
 ご来光を見て、山頂の神社で配られていた熱い甘酒を皆でいただいたあとは現地解散だったので、二人だけになった。そのまま初詣に行くという仲間もいた。
 帰り道も彼は家まで送ってくれた。家に寄るように促したが、このまま帰ると言うので、彼の自転車を門から出し、玄関前でちょっと立ち話をした。
私は学校の帰り道にいろんな話をしたいと思って、これから一緒に帰るようにしないかと提案すると、彼は一瞬驚いた表情になったが、いいねと返事をしてくれた。一緒に彼の家まで行き、カバンを置いてから私の家まで送ってもらうというコースを決めた。
 私と川野君の家は高校を挟んでほぼ真反対にあったので、彼の家までゆっくり歩いて二十分、そこから私の家まで四十分の約一時間、いろんな話をした。私は芸大に行きたいと話すと、結衣子はきっと合格するよと、初めて名前で呼んでくれた。嬉しくなって、三樹夫と呼んでいいかなと私が聞いたら、二人きりの時だけと念を押された。当たり前なのに、そんなことをいう彼がおかしかった。
        *
 学校をやめた、それもボクに何も言わずに、と混乱した。それから自転車で家までどんな道を通って帰ったか、赤信号でちゃんと止まったのか定かな記憶のないまま家に着いた。郵便受けを覗くと、差出人の名前も住所もない封書があった。〈東京中央〉という消印があった。勉強部屋に行って封を切ると、西野からだった。オペレッタの成功を二人で祝いたかった。川野君の勉強部屋でまた話をしたかった。学校は休学して東京に来ており、正月には戻るので会ってほしいと書いてあった。
 ボクは手紙を読んでちょっと安心し、ロウソクの灯火程度の希望が湧いてきた。しかし、冬休みになっても、年が明けても連絡はなかった。意を決して、彼女の家まで自転車で行ってみたが、誰もおらず、二階の彼女の部屋のカーテンは閉じられたままだった。表札はそのままだったので、幾分かはほっとしたが、なぜ連絡がないのかボクにはわからなかった。
 
 三学期が始まったが、西野からの連絡はなく、学校にも来ていなかった。
今日こそは確かめようと学校帰りに彼女の家に行くと、母親が出てきた。ボクは立ち話でよかったのだが、寒いから上がるようにと言われたので、突然の来訪を詫び、これまでの事情をかいつまんで話した。母親は、結衣子は正月にも帰って来ず、ようやく昨日になって電話があり、佐野先輩にどうしても会いたかったから東京に来たという事の経緯を聞いて反対したが、頑としていうことを聞かなかったという。休学届は結衣子が自分で学校に出したそうだ。最後に父親が電話に出て、お前の好きにすればいいと怒って切り、今日、父親が学校に退学届を出しに行ったそうだ。
 母親は、お茶を淹れてくれながら、結衣子は学校から帰ると、いつもあなたとのことを楽しそうに話していたといった。帰ってきたら、必ず連絡をするように伝えるからとも言ってくれた。ボクはお礼をいい家を辞した。帰り際には慰めのつもりか、電話ではボクと約束したことを守れなかったことを気にしていたと母親は呟いた。それなら、また手紙でもくれればいいのにと思い、その恨み言が湧いてくる自分がますます惨めになった。
 自転車を押しながら、結衣子とのこれまでのことを反芻し、もう彼女から連絡が来ることはないとの確信に近い思いが湧いてきた。
 ボクは結局、彼女の〝心地よい木々の陰〟にはなれなかったのだなと思った。そもそもどうやったらそのような存在になれるのかもわからないほど自分は未熟だったのだ。
 南の空にオリオン座がくっきりと瞬いていた。涙がにじんできた。それは失恋というより、自分のふがいなさへの涙だった。
        *
 秋の音楽祭で、初めてオペレッタを上演することに決まり、私が主役の人魚に選ばれた。小川未明の原作を翻案して曲をつけた『赤いロウソクと人魚』というオペレッタで、先輩が楽譜を見つけてきて、去年の部の会議で提案したものだった。
 夏休みに入って、それぞれパート練習と、大道具、小道具などの準備に追われていた。
 お盆前には恒例の一週間の合宿があり、そこで全体を通しての練習をすることになっていた。

 私は、卒業していった音楽部の二年先輩の佐野建彦と付き合っていた。今年の春、彼は志望通り東京芸大のピアノ科に入学した。去年の春に、付き合ってくれと言われ、私ははいと答えていた。しかしそのあとは、ほとんど会えずにいて、東京に行ってしまった今は連絡も付かず、付き合っているとはどう考えてもいえなかった。
 私が高校に入学して、音楽部に入るつもりで面接に行った時、佐野先輩が面接をしてくれた。ピアノに合わせての発声でパートを決めた後、テーブルを挟んでの面接があり、左右に女子の先輩が座っていた。音楽部志望の動機はと聞かれ、音大志望だからと答えたら、それなら音楽部に入る必要はないし、その時間、プロのレッスンを受けた方が良いと佐野先輩から言われ、入る気が失せてしまった。女子の先輩たちは何も言わなかった。

 夏休み前の終業式の日に、音楽部の同級生が佐野先輩からの伝言ということで、部室に呼び出された。佐野先輩が一人でいて、封筒を渡された。帰宅してから開くと、メモに観たい映画があるので行かないか、話したいこともあるし、と書かれていた。隣町にある映画館の場所と映画の題名が書いてあった。『さらば夏の日』という映画だった。
 いきなり映画へのお誘いかと思いながらも、連絡先も分からず、断るのも億劫なので、待ち合わせ場所に行ったら先輩は私服で、私の制服姿を笑った。
映画は、恋人がいるにも関わらず他の女性に心惹かれ結局二人とも失うというストーリーで、海の色が綺麗なのと、テーマ音楽がいつまでも耳朶に残った。
 映画館を出ると日が暮れるまでもう少し時間があるのでと喫茶店に誘われた。ジャズ喫茶のドアには高校生は出入り禁止とあったが、先輩は平気だよと私の手を取って、二重ドアを開けて入った。店内は煙草の煙が充満していて、思わず咳き込んだら、年配の男性から睨まれた。二人がけの席が並んでいて、先輩は私を前の方の壁際の席の奥に座らせた。
 煮詰まったコーヒーを飲みながら、大音量で流れるピアノのソロを聴いていた。
 先輩から、この曲を知っているかと訊かれたが、ジャズを聴くのは初めてだと答えた。先輩は、レイ・ブライアントの『クバーノ・チャント』という曲だと言うので、曲名の意味を訊いたが、ジャズは身体で聴くんだと耳に口を寄せて言った。
 私は、煙草の煙に我慢が出来なくなり、ピアノソロのアルバムが終わったのを潮時に帰りますと立ち上がると、そうとだけ答えて帰らせてくれた。制服に煙草の臭いが染みこんでいて、母親にどこに行っていたのかと聞かれた。バス停で煙草を吸っている人がいて煙かった、と言うとそれ以上は訊かれなかった。
        *
 女性の咳込む音が聞こえて入口の方を見ると、月に数回顔を見せる青年が、制服姿の女性と入ってきて眼が合った。スピーカーの前の席が空いていたのでそちらに顎をしゃくった。彼は女子高生を奥に座らせていた。男が女を口説く時の座り方だった。
 店内はいつも大音量に満ちており、曲の合間かレコードをかけ換える時以外は会話には適さない。二人はぎこちない雰囲気にみえた。いま彼の好きなレイ・ブライアントがかかっている。何か彼が話しかけているようだが、彼女は頷きもしていない。私は注文も聞かずに二人のところにコーヒーを持っていった。
 そのうち、彼女は出て行った。彼がコーヒー代を払いにカウンターに来たので、振られたのかと訊くと、そんなところかなと苦笑いをして、また来ますと言って出て行った。彼も高校生だと私は踏んでいた。

 私がこの店を開いたのは七年前。ジャズミュージシャンの端くれで、ベースを弾いていたが、ジャズだけで食っていけるはずもなく、かといってバークリー音楽院に入れるほどの才能もなく、とにかく好きなジャズに囲まれ、ジャズメンと話ができる環境を作ろうと、席が三十ほどのジャズ喫茶兼ライブハウスをはじめた。この世界はいろんなプレーヤーとセッションをしたり、組んだり離れたりが多いのでいろんなつながりができて、月に一、二回は外国のプレーヤーが来て、日本人とセッションをやってくれるようになり、世界的なプレーヤーも年に数回来てくれるようになった。もっと増やせるのだが、ギャラやスケジュールの交渉が面倒で、それ以上は頼まれてもやらないことにしている。もっとも、ライヴの時のあがりで一息つけているのは事実だ。レコードだけのジャズ喫茶だけではとっくに店を畳んでいた。
彼はいつもピアノソロのアルバムをリクエストするので、ピアノをやっているのかと訊くと頷いたので、昔使っていた手垢の付いた楽譜を渡し、今度弾いてみろというと、ハイと神妙に返事をして帰っていった。

 およそひと月後、月一回の土曜日の午後のセッションタイム、といっても私の体のいい休憩時間で、腕に覚えのある奴はピアノやギターやドラムスをやってみろという時間だが、彼がピアノの前に座り、『クレオパトラの夢』を弾き始めた。想像以上にうまかった。普段はおざなりの拍手があるくらいなのに、この時は大きな拍手が湧いた。もっとやれと客の誰かが声をかけたら、『ゴールデン・イヤリングス』を弾き始めた。レイ・ブライアントの完璧に近いコピー演奏だった。またアンコールがあったが、彼はこの二曲しか弾いたことがないと言い、カウンターに来てコーヒーをお代わりした。私はクラシックピアノをやっているのかと訊き、彼に率直に感想を伝えた。楽譜通りに弾いているがジャズのノリがないし、ずっとクラシックでやっていくのなら、ジャズは弾かない方がいいと伝えた。彼は頷いて、聴くだけにしますと言って、タバコを一服吸って帰っていった。
〔全6話中第2話終〕

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