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『ぶらっとヒマラヤ』ノート

藤原章生著
毎日新聞出版

 私は山岳小説や登山の体験記が大好きで、新田次郎の『剱岳 点の記』、『チンネの裁き』、『孤高の人』、『栄光の岩壁』、『アイガー北壁』などなど全集を買って読んだほどだ。また天才クライマーと呼ばれた長谷川恒男をはじめ、登山家が書いた体験記や、エベレストに3度登頂した加藤保男のことを描いた本などをよく読んだ。

 この本は毎日新聞の夕刊に連載されているダウラギリという8千メートル嶺に挑戦した人の体験をまとめた本である。著者はエンジニアを経て毎日新聞の記者となった人で、登山が趣味である。
 趣味の登山が昂じてなぜダウラギリに挑戦することになったかは、本を読んでいただくことにして、この本は、記者になって31年目、2か月の長期休暇をとって大枚をはたいてヒマラヤに行くことになった著者の、「それなりの年になった人間が考えた老い、恐怖、死、そして生についての記録」(〝はじめに〟から)である。

 世界で一番高い山のエベレスト(チョモランマ〈チベット語〉、サガルマータ〈ネパール語〉)8,848メートルをはじめ、8千メートル級の山は14座ある。ダウラギリはそのうち7番目に高い山で、8,167メートルある。

 この14座を全て無酸素で完登したイタリア人のラインホルト・メスナーは、8千メートル以上をデスゾーンと呼んだほどだ。酸素は標高0メートルの3分の1で、そこに滞在するだけでいずれ死に至る「死の領域」だ。

 ある朝、4,750メートル地点にあるベースキャンプで目覚めると、あるトランペットの曲がずっと頭の中を流れ、それが何日も続いたそうだ。その時、著者は多幸感(ユーフォリア)を感じたという。その音楽は一体何という曲かとあとでいろいろ調べてみると、ルイ・アームストロング演奏の「バラ色の人生」(エディット・ピアフ作詞・歌のシャンソンの名曲)だったそうだ。しかし著者は別にサッチモのファンでもないし、聴いた覚えもない。

「なぜ、自分の人生の中でも、おそらく最も上機嫌だったあの日、あの多幸に包まれた朝にこの曲が鳴り出したのか。
 幾多の音楽、メロディーを海馬にため込んできた人間のアウトプットの不思議。それを考えずにはいられない。」
「こんな上機嫌が続くなら、人生はどんなに素晴らしいことか。エディット・ピアフが作詞したセリフを借りれば、〈彼が私を腕に抱きしめて そっとささやくとき 私の人生はバラ色になるの〉と、まさに舞い上がるような多幸感の中に私はいた。」
 と、著者はこの多幸感は、思い返せば、間違いなく高度の影響だったという。それも酸素が地上の半分以下という環境の中での酸素不足が、脳の領域である「扁桃体」を一時的に活性化し、大いなる喜びをもたらしたのではないかと分析している。
 そして、酸欠は脳の中でも筋肉より、知覚や感情をつかさどる部分に影響を与えやすいため、多幸感や絶望感をもたらす事例があり、時には幻覚を呼び起こすという医学論文を見つける。たしかに、私が読んだ登山記でも、多幸感や絶望感のような事が書かれていた記憶がある。

 著者の藤原章生氏は最近、新型コロナウイルスに感染したとのこと。
 noterの皆様、感染にはくれぐれも気をつけましょう。(私は高齢者なので、2回目のワクチンの接種は終わりました。)

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