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『北朝鮮拉致問題の解決』ノート

和田春樹、田中均、蓮池透、有田芳生、福澤真由美共著(和田春樹編)
岩波書店刊

 いまから22年も前のことだが、小泉総理が訪朝という衝撃的なニュースがあった。筆者が仕事で北京に行く直前の羽田空港でそのニュースを聞いたので、よく覚えている。
 2002(平成14)年9月17日、小泉総理(当時)が平壌を訪問し、日本の総理として初めて、金正日国防委員長と会談した。その会談で、金正日自ら日本人拉致を認め、謝罪した。
 そして同年10月15日に拉致被害者のうち5人が帰国を果たした。

 この日朝首脳会談に至るまでの、拉致問題など両国間の様々の困難な問題の解決や、国交正常化へ向けてのわが国の政治家そして外務省当局の長年の取組みなどについては省略するが、水面下で交渉し実現した日朝首脳の初めての会談で、拉致被害の事実が明らかになったことの意味は大きい。
 なお、ここに至るまでの経緯は、元外交官が書いた『北朝鮮外交回顧録』(山本栄二著・ちくま新書)に詳しいことを付記しておく。

 この会談で、「日朝平壌宣言」が合意され、日朝国交正常化交渉が動き出したものの、その後の拉致被害者の「死亡」情報や、核・ミサイル問題を巡る軋轢などが障害となって両政府の対立は解消されないままであった。

 そして2004年(平成16)年5月26日には、再び小泉総理が訪朝し、金正日と会談し、「拉致問題」や「核、ミサイル問題」について平壌宣言が基礎にあることを確認したが、2006年(平成18)年の北朝鮮の核実験に端を発し、国連安保理決議第1718号によって同国に経済制裁が行われることとなった。その後の日朝関係の悪化により、国交正常化交渉や首脳会談は途絶えている。

 この本の副題は、「膠着を破る鍵とは何か」である。共著者は学者、ジャーナリスト、政治家や官僚などいずれも日本人拉致問題と日朝関係の正常化に取り組んでこられた方々だ。

 通読してみて、これまで報道されなかった、あるいは意図的に公表されなかったと思われる内容が多く、それらの情報をこのように本にして刊行したことに敬意を表したい。この本の出版に際してある種の危惧をもって取り組んだことを、著者の一人は「覚悟を決めて明かした」と毎日新聞(2024年5月15日東京夕刊)のインタビューで答えている。

 それにしても、である。総理や閣僚をはじめ多くの国会議員たちが、いわゆるブルーリボンバッジをつけている様子をみて、筆者は、いつも違和感を覚えていた。スーツの襟に付けることによって、「私は拉致問題の解決に取り組んでいる」ということをアピールしているのであろうが、この22年間、なにも進展していないことについて、着けている国会議員の方々はどう思っているのであろうか。政府首脳も一部の政治勢力の主張に縛られ、「拉致三原則」(「安倍三原則」ともいわれる)を繰り返すだけでなんら実効のある外交努力ができなかったのが実情なのではなかろうか。
 
 いま日本政府が掲げているのは「拉致三原則」、すなわち、①拉致問題は我が国の最重要課題、②拉致問題の解決なくして国交正常化交渉はない、③被害者は生存しており、即時一括帰国を求める、である。
 しかし、交渉は相手があることであり、〝原則〟を掲げてしまえば、これだけは譲れないということになってしまい、交渉もなにもできなくなってしまう。

 一例を挙げると、①や②はともかくとして、例えば、③の「被害者は生存しており……」であるが、万が一生存していないのであれば、相手国は交渉のテーブルにもつくことができないことになってしまう。実際、北朝鮮から拉致被害者の確実な情報が示されていないからといって、それらの方々が生存しているとは限らないのである。拉致被害者の帰国を待っているご家族にとっては酷な言い方になってしまうのだが……。

 その点について、この本では、2004年に北朝鮮を訪れた訪問団が持ち帰った横田めぐみさんのものとされる骨壺にあった遺骨――と歯も入っていたそうだが何故か公表されていない――を2か所の研究・分析機関でDNA鑑定したところ、警察庁科学警察研究所(科警研)では、「DNAは検出できず」、帝京大学は「めぐみさんとは別の2人のDNAを検出した」との結果を公表した。それを受け、政府は「遺骨はめぐみさんとは別人」と発表した。
 しかし、この遺骨返還時に、北朝鮮からはめぐみさんのものとされるカルテも渡されており、歯はめぐみさんのDNAと一致するというのだ。そして警察庁はこの情報を極秘にしているという。それには複数の証言もあるようだ。

 ちなみに、岸田総理は昨年5月27日に行われた「全拉致被害者の即時一括帰国を求める国民大集会」において、「条件をつけずにいつでも金正恩委員長(総書記)と直接向き合う決意であり、行動していく。早期の首脳会談実現に向けて、自分が直轄して、ハイレベルでの協議を行っていきたい」との発言をし、それに対して、北朝鮮高官が、「日朝両国が互いに会うことができない理由はないというのが共和国(北朝鮮)の立場だ」と反応した。
 しかし、今年に入って、金正恩の妹の金与正氏の発言に反応した林官房長官の会見での発言が報道され、またもや隘路に陥ったかのように思えるが、何らかの動きが水面下で続いているのではと期待をして見守りたい。

 読み終えて思ったのは、拉致問題について、大会を開いて「即時帰国」をアピールしたり、「許さない」と北朝鮮を非難するだけでは何ら解決に結びつかないのはこれまでの経緯を見ても明らかであり、それらのアピールが北朝鮮への経済援助や国交回復に反対する勢力から政治的に利用されてきたこれまでの経過を直視することが必要だ。

 その一つの解決策として、「三原則」を見直すべき時に来ているという提案は、この22年間という時間を思った時に重く響く。

 おりしもこの原稿を書いているときに、曽我ひとみさんの単独インタビューのニュース(5月23日 NHK総合)が流れてきた。

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