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『2000年間で最大の発明は何か』ノート

ジョン・ブロックマン著
高橋健次訳
草思社刊

 この本の初版は西暦2000年1月1日。原題は、『THE GREATEST INVENTIONS OF THE PAST 2000YEARS』である。

 著者のジョン・ブロックマンが「エッジ」というサイト(www.edge.org)を開き、彼が招待した人だけが参加している「第三の文化」のメーリングリストに連なる108人の第一線の科学者や思想家、アーティストやジャーナリストなどに、「2000年間で最大の発明は何か、その理由は?」という問いを発して、それに対する回答でこの本は成り立っている。それぞれの答えに、賛同や反論が出ることを前提として、それぞれ自分の意見を公開し、お互いに披露し合う場となることを目的としたものであった。

「エッジ」のコンセプトは、「世界の知識の最先端(エッジ)にたどり着くには、最も複雑で洗練された頭脳を探し出し、彼らを同じ部屋に集め、お互いに自問自答してもらう」というものだ。サイトのトップにそのように掲げてある。

 第一部は〈発明が生活を変えた〉として、印刷機や長距離通信、インド-アラビア計数法、空飛ぶ機械、コンピュータ、インターネット、テレビなどハードからソフトまでのいわゆる〈発明〉が挙げられている。

 第二部は〈発明が思考を変えた〉として、民主主義と社会主義、キリスト教とイスラム教、哲学的懐疑主義、ゲーデルの不完全性定理、微分積分法、確率論、無意識や自我の概念などどちらかというとソフト面の〈発明〉が取り上げられている。

 第一部と第二部を通して多いのは、6人があげている印刷(術・機械)、5人があげているコンピュータだ。
 意見を寄せた人たちの専門分野や職業などが分かるように、それぞれの意見のあとに略歴も書かれている。

 面白いのは、この問いに対して、「言及に値するものなし」という人と、「なし」という人がいたことだ。
「言及に値するものなし」と回答したのは、エバハート・ツァンガーという地球考古学者である。その理由はこのアンケートに示されたいくつかの〈発明〉や技術革新はすでに西暦紀元の始まるずっと以前に遡るからだという。
 例えば、有名なグーテンベルクは可動活字――文章に組んだり、ばらしたりできるいわゆる「活字」のことだが、近頃は「活字ってなんですか?」という人もいて、年代の差を感じる――による印刷機を発明したというが、可動活字は紀元前1600年には知られていたとし、その証拠として、ミノア時代クレタの「ファイストスの円盤」を挙げる。
 そして、彼が考える人類史上最大の技術革新は、数千年前に起こった「動物の家畜化」と「野生植物の栽培植物化」であるとする。

「なし」と回答したヘンリー・ワーウィックは芸術に造詣が深い科学者だ。
「なし」と回答した理由は、「基本的に、わたしはテクノロジーを救世主とみなすような現代狩猟の文化パラダイムからは遠く離れていて、縁がないので、過去2000年間における『最大の発明』があるとは考えない」という。
 そして結びにこう書く。
「『もっとも偉大な』ものはない。あるのはみな、じつにみごとで驚異的な発明ばかりだ」と。
彼は、資源を浪費する現代社会に対して批判をしながらも、科学の不可知主義と人間の好奇心に期待をしているという矛盾を抱えた科学者だと自認している。

 この本に取り上げられているそれぞれの発明や技術革新は、どれも肯えるものばかりだが、この本が出てからおよそ4半世紀を経た現在、21世紀に入って最大の発明として付け加えることができるものは何だろうか。

 なお、ヨハンネス・グーテンベルクの印刷機の〈発明〉問題については、ジャレド・ダイアモンドという生理学者が書いた長いあとがきで触れている。
 印刷機はこの千年紀における最良の単独「発明」だと評価したいが、グーテンベルクの印刷機については「発明」ということばはまったくふさわしくないということがその理由とともに詳細に書いてあるので、ご興味のある方はご一読を。

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