勉強はできるのに得意教科がない子供だった
人生で味わった、一番大きな挫折って何ですか?
私はどちゃくそ田舎に生まれ育った。
正確に言うと、生まれは静岡のそこそこ栄えてるところらしいけど、3歳の時に母に連れられ家を出て、山口の田舎に引っ越した。
全校生徒35人。
同級生は自分含めて9人。
9人でも、「あんたらの年は人数多くていいね~」道端のおばあちゃんとかに言われた。
今はもう閉校して跡形もなく取り壊されたわが母校。
私は9人の中で一番勉強ができた。
小学校では真面目に宿題してただけでテストの成績がよかった。
音読と、持久走だけはあんまり得意じゃなかったけど、我ながらオールマイティで教師から好かれる児童だったと思う。
中学校は3つの小学校が集合して、同級生が35人増えた。
中学校でも成績はずっと1位。3年生の時には成績表オール5達成。
お金もあまりないのに、母が塾に通わせてくれたおかげでもあると思う。
お母さんありがとう。
勉強ができると、大人によくこんな質問をされる。
「得意科目は何?」
私の答えはいつもこう。
「得意科目はない」
いや~、今思うと嫌みな子ども。
適当になんか言っとけよな。世渡り下手~。
でも、本心で答えてた。
何なら全部の教科に苦手意識があったくらい。
国語は作者の意図がわからないときあるし、数学はいっつも凡ミスして満点取れないし、社会は範囲広すぎてテスト勉強完璧!って思えたことない。
英語は発音苦手だし、理科はあんまり興味がわかない。
体育で適当にバレーしたりとか、美術の写生の時間とかは好きだったけど決して得意だとは思わなかった。
中学時代を振り返ると、勉強自体が好きなんじゃなくてテスト勉強が得意だったのかなと思う。
やることやっとけば、テストでいい点とれるのに、みんななんでその努力をしないんだろうって思ってた。
さすがに3年間学年1位をとってたら、自分は頭いいんだなと思ってた。高校も県内で1番いいところに行った。
周りからはさすがやね~って、ちょっとちやほやされた。
が、さすが県内1位の高校。みんなめっちゃ頭ええやん。
1位しかとったことなかった少女が初めて145位という順位をとり、自我が崩壊した。
あ、私そんな頭よくなかったんや!笑
勉強できるキャラで15年間生きてきたのに、高校では勉強できないキャラで生きていく人生が待っていようとは、想像もしてなかった。
でもそれはそれで楽しかった。
1位を守り続けないといけないプレッシャーから解放されたし、おバカキャラは楽だった。
まあ、まとめると、15年の固定観念が一瞬でひっくり返しって人生で一番大きな衝撃を受けたという話でした。
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