旅立ちβ


「暑い…」れむさんは暑さで目覚めた。

そろそろ梅雨も明けた時期にもなるというのに、
暑さで寝苦しいったらない。

昨晩、イシェトからの依頼を完遂しダレットからリューンへ戻ってきたれむ軍団一行。

リーダーのれむさんはお疲れのだったが、
「ぷれもる」を飲んで無理矢理寝る姿勢に入る。

軽く飲む予定で済ますはずが、
うっかり飲み過ぎて二日酔になってしまったようだ。

予定は未定である。頭が痛い。

「オヤジさんめ、れむ軍団が稼いでるんだから宿の改装も考えて欲しいもんだよな。」

「くーらー付けてくれないかなぁ…」

などと望みの薄いことを呟きながらベッド下に置いてある水筒に手を伸ばす。

伸ばすが、手は空を掴む。

おっかしいな。

エンヌさんに晩酌を見張られ始めてからというもの、1階でおおっぴらで飲めなくなってしまったので、最近はマントスとこっそり部屋飲みするのが多くなった。

前にマントスが

「れむさんもいい大人なんだから、飲み過ぎもほどほどにな。二日酔い用にこれに水でも入れとけ。」

と、水筒をくれたんだが…ないぞ。
あれ、結構気に入ってたんだけどなぁ。

そういえば部屋が異様に片付いている。

寝る前の記憶はぼんやりとしか覚えてないけど、
飲んだ瓶やら缶やらが散乱してる男の部屋特有のごちゃごちゃが綺麗さっぱりになっていた。

隣のベットにマントスの姿もない。

もう下に降りてんのかな。
というか、オッサンってば自分のベットのシーツ綺麗に整えすぎじゃね?
いつもは乱雑にシーツが丸まってるのに変だ。

娘さんも部屋を片付けるなら一声かけてくれればいいのにな。

ところで、今は何時だろうか。
カーテンから溢れる陽の光でもうとっくに朝になってるのはわかるんだが…

今日はどこ行くんだろうな。
まずはアレトゥーザに行くとかジロウとエンヌさんが言ってた気がするけど…と二日酔いの頭を抱えながら階段を降りるれむさんだった。

「オヤジさんおはよう。なんか朝食ある?」

「お前は、確か…れむさんとか言ったな。昨日の残りのシチューがあるから温めてやる。少し待っとれ。」

「残りかよ〜。この宿の看板冒険者にちょっとはサービスしてれても良いじゃんかよ。」

「初日から随分と馴れ馴れしいやつだな。」

「へ?」

「ほれ。もうお前の連れの連中は奥のテーブルに全員揃ってるみたいだぞ。」

「それにしても新入りのくせおかしな事を言う奴だな。威勢は買うがまずは依頼をこなしてから言うこった。」

「話はだいたい連れの連中から聞いたが、まずは洞窟のゴブリン退治がうってつけだと思うぞ。冒険者の初級の依頼だが気を抜かずにしっかりやってこいよ。」

「昔にな、駆け出し冒険者2人が洞窟に行ってコテンパンにやられてよ。1人が意識不明のもう1人を担いで帰ってきたことがあったくらいだからな。案外侮れんもんよ。」

れむさんは朝から冒険者の失敗談を延々と聞かされるのは勘弁だ。と言わんばかりに仲間が集まってるいつものテーブルにそそくさと腰掛けた。

「またオヤジさんの昔話がはじまったよ…」

寝起きのれむさんには寝ぼけ半分であまり聞こえなかったが、確かオヤジさん…俺のこと新入りとか言ってなかったか?

前から年々もの忘れが増えてると娘さんから聞いてはいたが…こりゃ深刻そうだな。

と、この宿の行く末を案じていると…

ぐいっ!!!

誰かがれむさんの顎を掴んで顔を振り向かせた。

うっ…この感じは前にも覚えがある…

エティネンヌだ。朝から険しい顔をしている。

「ちょっと!遅いじゃない。"あなた"がれむさんね。」

「こんな朝早くから集めといて、呼びかけのメッセージには詳しい内容も書かずに『俺と冒険者やらないか?』の一言ってどういうことよ!何かおいしい話でもあるの?」

タイマンでシゴかれた記憶が蘇り、
れむさんの肩がみるみる小さく萎んで弱々しくなる。

「おいしい話って…今日の依頼はどこに行くかってさ。それを決める会議やってるじゃんか。何言って(ゴニョゴニョ)」

何故れむさんが口籠るかというと、
出発の数日前にどの依頼を受けるかを会議をするのだが、会議の大半はエティネンヌとジロウの主導で進み、当日の朝にれむさんが仰々しく行き先発表するのが慣例になっていた(出発前に皆を鼓舞して軍団の士気を高めるのもリーダーの務めだ)

どうやら機嫌が悪いらしい。
「で、どこに行くのよ?とりあえず私は海と沼はゴメンよ。それ以外は依頼の内容によるかな…」

「私はミューゼルの劇場に行ってみたいな。依頼があったらそのついでとかで良いんだけど、ずっとずっと前から行きたかったんだよね。」と、会話に加わる小柄な女の子、タエちゃんである。

「あぁ、あの劇場は良いもんだよ。確か、出来たのはもう15年前になるか。」

「最初の公演は客が7人しか入らなかったらしいけど、長くやってるだけあってメンバーが変わって世代交代した後もよく続いてるよ。」

「二本の柱は正直言って邪魔だけどな。」と、アデイマントスが雄弁に語る。

動揺するれむさん。

「え?みんな何言ってるんだ!?」

エンヌさんは謎に初めまして感出してるし、タエちゃんが随分と華奢に見える。ダイエットでもしてるのかな…それにマントスの名前ってあんなに前だったっけか。

「今日はアレトゥーザの海に繰り出すって言ってたじゃないか。あ!ジロウ。」

そうだ!ここまで黙って話を聞いている男がいるじゃないか!
軍団の名参謀ことジロウが。
「ジロウ!みんなどうにかなっちゃってるよ!」

と、れむさんが小声で助けを求めた腐れ縁の男は今日も冷静だった。

「なんだってんだ?」

「みんな様子が変なんだ!『Twitterではよく絡みますけど、オフで会うのは初めましてですね〜』みたいな…ちょっと初めましてのときの独特な距離を感じるんだよ!」

「れむさんお前…いや、俺とお前はともかく、他の4人とは実際に会うのは俺も今日が初めてだぞ。」

れむさんは頭を抱えた。
「なぁエンヌさん、俺たちレベル7だよな…」

「はぁ?れむさん何言ってんのよ。右上を見てみなさいよ右上!これから冒険に出かけるヒヨッコの私達がレベル7の訳ないじゃない。」

そう言われてゆっくりと自分の右上の数字を確認するれむさん。
昨日までの数多の冒険を得て、擦り切れた「7」が輝いていた場所には新品同様に真っ白な「1」が浮かんでいた。

目を疑いたくなる光景にれむさんは絶句した。
みんなと初めて会った日に戻っている…のか…

れむさんは時の牢獄に囚われたときのことを思い出していた。

ふと、自分の獲物がある場所に手を向けるがそこにあったはずの魔剣はなかった。

「ヒューズの絆がない…」

今回も何かの魔法的要因で戻ってしまったのだろうか。

ノリスケなんて見た目が初期のままになってて懐かしすら感じるじゃないか…面白いけどよ…

ん…いや、変だぞ。

ゴブリン退治のときは全員もっと芋っぽいと言うか何というか…

そう!古くから親しまれてきたような見た目をしてたはず。

だとしたら、ノリスケだけが本来の姿で俺たち5人が変なんだ。どういうことだ…

れむさんが表情を曇らせて思考を巡らせていると、タエちゃんが声をかけてきた。

「あの…れむさん…何か悩み事があるなら教会にいって司祭様に相談してみるといいよ。なんなら私が紹介してあげようか?」

そうだ、彼女は敬虔な聖北の信徒だったんだ。

セドック村にさえ行かなければ。あの奇蹟に巡り会わなければタエちゃんは…

そう、これから俺がやろうとしているのはそれだけじゃない。背中の傷も、見えない傷もまた彼女に負わせることになるだろう。

世界が変わってしまったのかはわからないが、俺が始まりの日に戻ってしまったのなら、さっきまでいた昨日まで進めばいいんだ。

「なんかよくわかんないけどさ、俺はとにかくモンスターと戦いたいぜ。戦えるんだろ?」

「みんな、なに黙ってんだよ。冒険者だぜ?」

「正直、ゴブリンなんてものたりねぇよ。俺のこの腕っぷしにかかりゃあサクッと朝飯前だな。」

と、ノリスケが拳を突き出してれむさんの心配をよそに豪語する。

皆やれやれとしばらくノリスケの演舞を眺めていたが、
一通りの流れが終わると突然「押忍ッ!!!」とノリスケから怒号が響き渡った。

動揺する一同をよそにれむさんが静かに頷いていた。

そうだよな…

全部なかったことになったわけじゃない。
みんなの中に記憶のカケラのような物はあるんだ。
一筋、光明が見えた気がした。だがあまりにも長い道。

救えなかった連中も沢山いた。
一緒に旅をしたいと思った仲間も。
皆んなにもまた辛い思いをさせることになる。

もう一度登ってやる。いや思い出させてやる。
よー分かったわ。れむ軍団の再構築だ。

れむさんは覚悟を決めて言い放った。
「俺がリーダーのれむさんだ!じゃあ行きましょう。ゴブリンの洞窟」

ジロウが後ろで「フッ、そうだな。」と答えた気がする。

to be continued.

今回のニ次創作はれむさんチャンネルの配信者れむさんのツイートとCardWirth#25との間の話として創作しました。

参考: 【初見プレイ】CardWirth #25 
https://youtu.be/IylKo1afjnU

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