世界一貧しい            大富豪アボリジニ

世界有数の大富豪のアボリジニ。
なのにその中でもずば抜けて貧しい暮らし。
いったいこの男は誰だ? 

※これは取材で、5千億円の鉱山資源を所有するアボリジニ、
ジェフリー・リー氏にオーストラリアまで会いに行った時の話です。

大富豪アボリジニ  ジェフリー・リー氏

             プロローグ

 太陽の行方さえわからない十二月からの四ヶ月間、カカドゥ一帯には激しい雨音が響き亘り続く。厚い雨雲にスパークする電流と足下を揺らす轟音。いつどこで突然木を裂き火を放つから油断は出来ない。フラッドプレイン(氾濫原)の中央を分断するアスファルト。道沿いに立てられたメジャー(計測器)は水没する道の深さを2メートルまで測ることができる。観光客がこの時期にここに訪れることはまず無い。観光客どころか誰も入っていくことさえも出来なくなる。クロコダイルの泳ぐ川は氾濫し、やつらはどこにでも餌を探しに行ける筈だ。海と化した陸の向こうには迷い込んだら最後のユーカリの原生林の樹海が広がっている。そしてこの行き着く先には全長300キロにも及ぶ断崖絶壁が立ちはだかり一切を拒絶している。だがそれは2万年の時をさかのぼるロッククアートの描かれた巨大キャンバスでもあるのだ。その数五千点以上に上るという。

 四国よりも大きい巨大国立公園はその特異な自然環境の中で繁栄した動植物の多様性や、数万年以上も前からそこで生きる者にしか伝えられていない生命体を描いたアートとの両方のレガシーが認められ、1981年より複合世界遺産に登録されている。

 日中、最高気温が三〇度を切ることも最低気温が二〇度を下回ることもまず無い。海に覆われてしてしまったような雨期を頂点に水が押し寄せては引くのを毎年繰り返す。交錯する熱帯雨林とサバナの気候、太陽光がそこへ届くと緑芳醇な香りが湧き立ち、指先から汗が滴り落ちる。
地球の裏側から船に乗って西洋人はこの地へやってきた。だが、その気温と湿度の高さでこの地は彼らを拒み、彼らに定住を許すことはなかった。その事が西洋のインパクトから最大限逃れることのできた先住民族アボリジニの人々が、現在もその固有の文化を継承して暮らしている理由となった。
 
 時は二〇〇七年のこと。オーストラリアのメジャーな新聞やテレビ局がこのカカドゥで暮らすあるアボリジニの男性のことを繰り返しトップで取り上げた。これがそれらの新聞のタイトルだ。

Sole survivor sitting on a $5b fortune  シドニーモーニングヘラルド社
五十億ドル(五千億円)の富に座る唯一のサバイバー

Who wants to be a billionaire? I don't  エイジ紙
「億万長者になりたいか?」「オレはなりたくない」

その男の名前はジェフリー・リー。オーストラリアのアボリジニだ。
ここカカドゥで暮らすジョク一族では最後の男となる。

 このエリアで発見された推定五十億ドル(五千億円)以上の価値がある天然資源。それをカカドゥで暮らすたった一人のアボリジニの男が所有しているというのだ。昨日まで魚を釣り、カンガルーやガンを仕留めて食していたアボリジニの男が、世界でも有数の大富豪に突然なることになったのだ。それがジェフリー・リー氏だ。
 現在カカドウ国立公園で暮らすアボリジニの人口は約500人余り。その中の家族がいくつか集合してクラン(一族)と呼ばれる単位となり集落を作って暮らしている。合計で19余りのクランの中でもジョク一族は、彼が最後のひとりとなっていた。
 オーストラリアの他の地域で進む鉱山開発の殆どは先住民族の暮らす地で行われていて(オーストラリア全土で暮らしていたのだから当然だ)、大抵が複数の部族が関わってきている。
 しかし、これほどの巨額のマネーを地下から抽出する鉱山開発事業の行方がたった一人のアボリジニの判断にゆだねられたケースは、オーストラリアだけでなく、おそらく世界でも初めてだろう。ジェフリー氏たった一人だけが首を縦に振って資源開発に同意すれば、掘り出された天燃資源の利益から十数パーセントが支払われる。それで軽く何億ドル(数十億円)という資産が手に入るのだ。
 だが、鉱山開発会社は最初からジェフリー氏を交渉の相手としない。彼の親族を見つけ出し、車や家を買ってやろうかと誘惑しそそのかす。身内から鉱山資源開発に同意するように根回ししていくのだ。
 ところが、そんな根回しされた親族達がジェフリーに何を言っても彼には全く関心無かった。ジェフリーが最初から一貫して表明した態度は「ノー」。それどころか交渉に来た鉱山開発会社の担当者に会いもせず毎回門前払いにする始末。

 なぜだ? 
 
 このアボリジニ男性の存在を初めて知った時、なんとしても直接本人に会いに行って話しを聞きたいという衝動に駆られ、夜も眠れず、いてもたってもいられなくなった。
 都市部のアボリジニの人達は、どうも他のオージーと同じような暮らし向きだとは思えない。物質的にも十分満ち足りていると思えるような生活をしているアボリジニの人に会ったことは一度もない。それだけのお金があれば一生贅沢ができる。生活に不安を感じることなく、もう働かなくてもいい。一生遊んで暮らせる。さまざまな価値基準がお金で解決できる世の中だ。ましてや何十億というお金が手に入るならばオージーが夢見るシドニーハーバーあたりのウォーターフロントのプール付きの3、4階建ての家に住み、 自家用のクルーザー、スポーツカーから買い物用のベンツまで何台も所有し、メイドを雇い、毎日美味しいものを食べ、気が向いたら旅行に出たりするのは朝飯前の筈だ。殆どすべての人間がそんな暮らしを夢見て、宝くじを買って毎日を暮らしているのかと思っていたら、どうやらそんなことはなさそうだ。そこには何か特別な理由があるに違いない。
 雨期の水が引ききった8月、ジェフリー氏が暮らしているというカカドゥへ向かおうとリムジンバスに乗り空港に向かっていると軍歌が聞こえてきた。窓の外で『領土奪還』の文字が追い越していった。

                            つづく







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