呪いの月夜
その夜、ほろ酔い気分で駅から自宅へ帰る途中のこと。
通りかかった産土神社にある鎮守の森の前に、何やら白い塊が目に入った。
近づいてみると、裸の人間がうずくまっているようだ。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、顔がこちらを見上げる。
月の光に照らされたその顔は野性的な美女。特にそのきらっと光る瞳に目を奪われた。
「気分が悪いんですか?」
彼女は首を振って立ち上がる。
「あっ!」
思わず声を出してしまった。
美女ではなく引き締まった体の少年だったのだ。
彼の裸体が目に入ったのは一瞬で、雲が月光を遮ったのか辺りは闇に囲まれてしまう。
その途端、裸の体がぼくの横を駆け抜け、左腕に痛みが走った。
「君!」
声をかけた時、美少年の姿は既になかった。Tシャツから剝き出しの左腕には鋭い傷が残っている。
傷つけたのは彼の爪か歯かわからない。
満月を映した美しい瞳だけがぼくの心に深く刻まれた。
その少年の強烈な磁力は、それからもぼくを逃さなかった。
以来、あの野生の瞳と再会したいと、何度も鎮守の森を訪れたものだ。
その満たされぬ想いからつい深酒に溺れ、記憶をなくして公園のベンチで目覚めることもしばしばあった。
そのうちに妙な噂が耳に入るようになった。
駅裏の路地に美貌の男娼が全裸で立ち、客を取っているというのだ。
もしかして、あの少年では……
夜ごと、野生の瞳を探してぼくは鎮守の森ではなく、路地をさまようようになった。
客になりたいわけではない。
ただ、もう一度会いたいのだ。
「そこのあんた。こっちへ来なさい」
そんな折り、路地裏で不意に声をかけられた。
見ると「ジプシー占い」という手書きの看板がかかっており、一人の老婆が水晶球を前に座っている。
「ぼくですか?」
「そう、あんたじゃ。あんたは呪われておる」
人通り少ない場所で商売しようと声をかけたのだろう。ぼくはちょっと、からかってみることにした。
「何に呪われているんですか?」
「お主は最近、鎮守の森で獣のような少年に噛まれて傷を負ったであろう」
ぼくの質問には答えず、いきなり彼女が言う。
「噛まれたのか引っ掛かれたのかわかりませんが、確かにケガをしました」
「その時に呪いが感染したのじゃ」
「か、感染……ですか」
「そうじゃ。その証拠に昨夜の記憶がないであろう」
「はあ、酔いつぶれて覚えてないです」
「昨夜は満月じゃ。満月の夜、変身して記憶を失う呪いじゃ」
「呪いですか?」
「満月の夜、美少年に変身して売春をする呪いだ」
「ぼ、ぼくがですか?」
「そう、最近、全裸で客引きをしている男娼はお前じゃ」
背筋がぞっとした。
「それは……オオカミ男の呪いのようなものですか?」
「いや、オオカミ男の呪いより恐ろしい呪いじゃ」
「というと?」
「オオカミ男より恐ろしいオオカマ男の呪いじゃ!」
(こんなオチでスミマセン……m(__)m)
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