2匹の柴犬に翻弄される
ウチにはたまに、近所の柴犬が泊まりにくる。
散歩中に知り合ったロキ。ミアと同い年の6歳。
優しい顔立ちで、モフモフのぬいぐるみ張りにキュートなボーイ。飼い主のおじさんが出張で不在をするときにウチへ連れてくる。
ミアとはまあ、大の仲良しと言うほどではなくて、でも特に仲が悪いと言うほどでもない。一定の距離を置いて、互いの心情を探り合っている感じ。
ただ散歩中に外で偶然出くわすのと、ミアの縄張りであるウチに来るのとでは事情が違うらしく、家の中にいる2匹の間には一定の距離と共に一種の緊張感も漂う。
ピリピリとしている訳ではない。常に互いの気配を確認しておかないと気になって落ち着かない様子なのだ。
そんな2匹のパワーバランスは、自分んちの余裕でミアが威張っている。ロキは中腰でチラチラとミアの様子を伺いながら、遠慮がちに部屋の隅々を嗅ぎまわる。
体格はロキの方がひと回りも大きいから、ロキの方が強いはず。ポワンっとおどけた顔をしているとはいえ、筋肉量の多い男の子の潜在的な野生の力を侮ってはならない。
だけど彼は常に穏やかで、理不尽に威張り散らかす傲慢なお嬢気質のミアに対してでさえ、決して牙を剥かない。にらみの効いた彼女の鋭い視線を「ハイハイ、すみません、お邪魔しております」と言わんばかりの低姿勢でかわしている。平和主義者の優男なのだ。
◇
そんな優しいロキがお泊まりするときはいつも、食べ慣れたフードと持ち運び用ベッド、それと、お気に入りのおもちゃを持ってくる。だけどそのおもちゃは大抵ミアに横取りされて一緒に遊ばせてくれない。
仕方なくウチにあるおもちゃで遊ぼうとすると、ウゥゥゥ~、あたしのおもちゃに触んじゃねぇゥゥウ~、と威嚇される。
まるで、「お前のものはオレのもの。オレのものもオレのもの」と言わんばかりの高圧的且つ理不尽な態度。一体いつからそんなガキ大将になったのやら。私だったら、何やねん!と即逆ギレして大喧嘩になるだろう。
でもロキは怒らない。
彼は達観でもしているのだろうか。
ロキの寛大さに感心していると、いつの間にかミアが彼のベッドを占領して寝ていた。
一見2匹の距離が縮まったかのように見える微笑ましい光景だが、持ち主を硬い地べたへ追いやって、自分だけがフカフカのベッドでくつろぐって!
ワザとなのか?ワザとだったらS女が過ぎるのでは?と勘ぐってしまう。
◇
ロキは元々カップルに飼われていた犬で、破局した際に片方のおじさんに引き取られて南フランスへ引っ越してきた。
幼い頃から慣れ親しんだ環境と人から離れたことで、プチ適応障害を起こしていて、甘えが強くなったとおじさんは言っていた。
仕事や買い物で外出する度に、ドアの後ろでクィンクィンと悲しげに鼻を鳴らすのだそう。
ひとりぼっちになることが不安なのかもしれない。大好きだったもう一方のおじさんとの別れが辛かったのかも知れない。もう誰もいなくならないで!と切実に願いながら鳴いているのかもしれない。。。
ひとり残された部屋の中で玄関ドアに向かってクィンクィンと鼻で鳴くロキの気持ちを考えると、私の中の愛おしさが爆発しそうになる。
もう無性にギュってしたくなる。ギュってしちゃいたい!!!
◇
感極まって本当にギュっと抱きしめたら、ミアが冷ややかな目線をこちらへ向けて、フンっとひとつ、鼻息を吐いた。
え、あ、ち、ちゃうねんちゃうねん。ミアのことも好きやねんって!
焦ってミアの方へ寄っていくと、スっと逃げられた。そして距離を置いた場所で立ち止まり、振り向いて、またジっと見つめたかと思うと、プィっとそっぽを向いて隣の部屋へ去ってしまった。
ガガガ、ガーン!
ミ、ミアァァァ!私のミアちゃん!カムバーック!
動揺する私の足元ではロキが大人しくお座りしてる。まん丸で黒く潤んだその瞳は、さあ撫でてくれ!触ってくれ!もう一回ギュっとしてもいいぞ、と言っているように見えた。
やれやれ、2匹の柴犬に振り回されて、私、何やってんだろう。