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稲葉浩志10年ぶり6枚目ソロアルバム『只者』#1

(約2600字)
 B’z沼に落ちたのは2017年で、早くも7年が経とうとしています。その間、ボーカリスト稲葉さんのソロアルバムは発売されなかったので、今回が初めてのリアルタイムリリースといいましょうか、手に取るまでだけでも非常にワクワクしました。
 これまでもソロアルバムはぼちぼちと集めて聴いてきたのですが、なんとなくそんなには強い印象を受けなかったりしていました。正直にいうと。
 ところが、今回CDを予約して歌詞カードをちゃんと見ながら聴き込むと、ぞわぞわと心に迫りくるものがありました。こんなに違うとは驚きです。
 特に専門的知識もなく、そんなに必死で追いまくってもいない私ですが、自分にしか書けないような事をそのまま書いてみます。こんな風に聴いた人もいますよと。書く順番は、印象が強い順です。
 
「空夢」
 全12曲中の7曲目に入っています。もしもアナログLP盤だったら、B面の最初になりますか。6曲目がCMやTV番組で披露している華やかな曲「NOW」で、その次に配された、少し落ち着いた曲です。歌詞を引用させていただきます。

夢を見た
高い崖から飛び降り
風の中 空を舞う
人々の歓声が心地よかった
何処でも行けると気付いた
 
目が覚めれば 背中の羽根は無い
いっさい何処にもたどり着いてはいない

『只者』M7「空夢」

 ここまでを聴いて読んで、稲葉さん大丈夫でしょうか、と心配しました。
 夢を見ている間は心地よくて、どこにでも行ける気がしたということは、起きている間は居心地わるく、飛ぶこともできず何処にも行けなかったのですよね?
 そして、はたと気付きます。これはコロナ禍での心境だったのだろうと。雑誌インタビュー(『音楽と人』2024年7月号)やラジオ(6/29オンエア JA全農 COUNTDOWN JAPAN)の話によれば、アルバム『只者』はコロナ禍の時期に書き溜めた曲が多いらしいのです。
 2020年、新型コロナ感染が日本にも広まりだして間もなく、B’zのふたりは日本とアメリカをリモートでつないで名曲「HOME」をセッションした動画を公開したり、稲葉さんとスティービー・サラスのユニット<イナバサラス>がニューアルバムの曲からファン参加型動画を作って公開したり、B’zのライブ映像作品を大量に無料で公開したりと、あくまでポジティブな姿勢を見せ続け、励ましてくれました。その秋には連続5日間の無観客ライブ<5Eras>も配信してくれました。
 でも、上記で引用したこの曲のこの部分には、スーパースターの孤独のような心象風景が感じられます。<イナバサラス>のツアーが中止になったとき、自宅で静かに過ごすべき時間が長かったとき、スーパースターはオーディエンスの歓声を恋しく、あの日々が戻る時は来るのかと、本当は辛い思いをしていたのかもしれません。
 コロナ禍の最初の年は衝撃的なことが続きました。有名若手俳優が自らこの世を去るという悲しい出来事もありました。正直に言うと、今では少し遠い記憶になっています。辛い事には距離を置かないと元気に生きていけないからです。華やかなステージに立つことの多かったスーパースターが、ふとその機会を失ってただ静かに暮らす、その落差はいかほどのものでしょうか。凡人にはとうていわかりません。
 そのように想像しながら次の歌詞を読むと一層心配になります。

こんな空しい夢なら目を閉じない方がマシです
こんな壮大な夢から突き落とされるのはもうイヤなんです 

『只者』M7「空夢」

 まるで、コロナ禍ではなくても、表舞台と日常との落差を嘆いているようにも思えてきました。さらには、

ため息ひとつも漏らせないまま
窓を眺める

『只者』M7「空夢」

 窓。やはり室内にいますよね。
 ため息ひとつも。弱音は吐かないイメージでしたから。

 ちなみにこの頃のファンクラブ会報によれば、稲葉さんは自宅で過ごす間(おそらく東京がロックダウン寸前だった頃)に、フェイスシールドを手作りしたり、バスクチーズケーキを焼いたりしていたようです。なんと前向きな!とひたすら崇めておりましたが、実はこんな弱気な時もあったかもしれないですね。

 歌詞が2番に進むと戦場の兵士になった夢になり、3番ではBLM運動のようなデモに参加している人の夢になったりします。それはそれで、世界の辛い現実をひきずる夢であり、目覚めたあと、歌詞の主人公は見なかった方が良かったと思っています。目覚めたあとの日常が平和で恵まれていることに気付いたようにも思えます。

 だから、1番の歌詞がもっとも心配な状況であり、徐々に主人公の気持ちは上向いているような気がします。2番と3番の終わりで<新しい自分になってみたいよ>が繰り返されることにも希望がうかがえます。
 「空夢」の「空」は最初は空を舞う夢、次は空しい夢、ほかにも「空耳」や「空目」に近い意味が含まれていそうです。幻、でしょうか。
 歌詞だけじゃなくて、ぜひこの旋律と音と歌声で、多くの人に聴いてみてほしいです。

 ラジオでは「すごく自分が出ているアルバムなのでじっくり聴いてみてください」と言われておりました。この、明らかに<只者>であるはずのないスーパースターが、普段は片鱗も見せない弱音や孤独な想いをどう昇華させて創作をしているのか、すこしでもわかりたくて聴きこんでいます。

 ちなみに、稲葉さんはたいした変装もせずに人混みに出没して、騒がれもせず気付かれもしないまま自撮りをし、公式のSNSでその写真を公開することが何度かありましたので、実際にはうまいこと<何処でも行ける>術を身に付けられているようです。だからこの曲はあくまで創作だと思うのです。

 2千字を超えたのに、まだ一曲しか紹介していませんでした。続きはまた。

----------追記----------
昨日届いたファンクラブ会報にはアルバム各曲についてのご本人によるライナーノーツとインタビュー回答が載っていました。そちらによれば「空夢」の制作時期は10年以上前だそうです。チーーーーン(笑)。歌詞も今の時代に違和感がなくこの度のアルバムに入れたそうです。
でも上記のように考えてみたことは、無駄ではなかったです。正解でなくてもここまで考えさせてしまう作品というのもすごいかもしれません。よろしければ稲葉浩志10年ぶり6枚目ソロアルバム『只者』#3もお読みください。


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