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狂言ってそうだったのか――初めての舞台鑑賞――
(約2200字)
地元のホールで野村萬斎さん出演の狂言会が開催されるというので、発売後すぐにチケットを取った。電話で聞くとまだまだ席は選び放題だったので、張り切って前から一桁めの列の席に。表情や衣装の柄も肉眼でよく見えて正解だった。
初めて生で鑑賞していろいろな発見があったので記録しておく。
そもそもの予備知識
歌舞伎や能を観に行きたいと思いつつ、仕事が入ったり時間の余裕がなかったりでまったく実現していなかった。そんなところへ狂言鑑賞のチャンスが訪れたので迷わず購入。開催日が近づくとあれこれ多忙を極めてきたが、せっかくなので、と逃さず頑張って出かけた。去年からダブル遠距離介護、お看取り、喪中、それに伴う諸々の手続きで、楽しみは数えるほどしかなかったので、行っても罰は当たらないだろう。
予習しておこうと思いつつ、チラシの裏の解説を読むくらいしかできなかった。それ以前の予備知識といえば
・太郎冠者、次郎冠者が出てくる
・基本的に喜劇
・くしゃみをしたら「くっさめくっさめ」と言う
・野村萬斎さんと和泉元彌さんの名は知っている
という程度だった。最初の二つは小学校の国語の教科書に写真付きで載っていて知ったからで、三番目はそのころのTVCMから。野村萬斎さんは現代ものの映画やドラマでは拝見したものの、狂言の舞台は存じ上げず。和泉さんは昔TVでよくお見掛けしたが、今は退かれているようだ。
いい歳ながらこの程度の知識しかなくても問題なく楽しめた。
詳しい解説に救われた
というのは、開演してすぐに、まずは紋付袴姿で出演者のひとりが登場し、舞台の説明から簡単な決まり事まで、25分もかけて、時に冗談を交えながら、今の言葉で説明してくれたからだ。パンフレットの経歴から計算して30代半ばの熟練ホープといったところ。雰囲気としてはデキるビジネスマンの講演を聴いている感じだった。ここで一気に親近感が増す。
解説された主なポイントは
・舞台正面に松が描かれている部分を「鏡板」という。これは、本来客席側に神の象徴である松が存在し、それが映っているとみなすから。
・狂言の舞台は基本的に観客の想像力で成り立つ。具体的な舞台装置はなく、空間の中の動作やセリフから状況を想像していく。
・鏡板に描かれた松には季節感はなく一年を通して同じ姿なので、客の想像を邪魔しない。
・俗にいう舞台の上手(客席の向かって右)は、舞台の内容に関係しない人たちが出入りする。紋付袴姿で、小道具を運んだり、座って謡をする。
・舞台の下手には橋掛りという渡り廊下のようなものがある。舞台の内容に関係する出演者はここから登場する。
・橋掛りの手前に小さな松が三本あるが微妙に密度や高さが異なる。これによって遠近法の効果が得られる。
・自分のことを「みども」といったり相手のことを「なんじ」(もう一つ聞きなれない言葉もあったが忘却。)と呼んだりする。
・役名がない場合は、出演者の本名で呼ぶ。
・使われる言葉は案外現代人にも理解できる
・衣装で登場人物のことが少しわかる。長袴(すそを引きずる長さ)の人物は身分が高い。従者はくるぶし丈の半袴を着ている。
・舞台のある場所に出演者が座っていても、観客からは見えないというお約束になっている。
などだった。これを聞いて、思い出しながら鑑賞したので楽しめた。
伝統芸能なのになぜかアンドロイドっぽく見えてくる
能や歌舞伎にも共通して、舞台での動きは少し腰をおとし、すすすと足を運ぶ。独特なリズムがあり、背筋の伸ばし方も日常の私たちとは違う。
顔は無表情に近いことが多く、かと思えば急にスイッチが入ったように笑いだしたり急に笑いやんだりする。
解説にあったように、「客席から見えないことになっている」出演者は目を伏せ、まるでスイッチオフの状態のように「無」の境地でただ座っている。
脚を高く上げて大きく足踏みをしてリズムを取ったり、人間業とは思えないような高度な回転をしてぶれずに着地する。
これらは伝統芸能ならではの様式美でもあるのだが、今の時代に初めて実際に目にすると、どこかアンドロイドのように思えてきた。
そんなことを言うと怒られてしまうかもしれないが、一緒に見た友人もAIっぽいと言っており、ほかにも同じように思った人がいるかもしれない。
しっかり笑いをとりながらも、テーマの奥にはアイロニー?
太郎冠者と次郎冠者が顔を見合わせて笑い出したり、相手のせいにしたり、失敗したり、で思わず笑ってしまう場面が沢山あった。しかし、よくよく考えてみると、演目が作られた当時にもあったジェンダーの問題を思わせる内容や、変わり者を仲間外れにする話など、なかなか際どい。笑いながらも、人間社会について考えさせられたりするのだ。
本物を目にする喜び
野村萬斎さんのイメージはこれまで拝見してきた映画やTVの雰囲気とどこか通じるものがあって不思議だった。お父上にあたる人間国宝野村万作さんは90歳を超えておられるとは信じがたいほど、声も出ており華麗な動きを披露された。そして今回の舞台は、萬斎さんの長男裕基さんによる小舞から開始した。現代ドラマにも出ていそうな現代的なお顔立ちだったが、どこから声が出ているのだろうかと思わせる独特な発声や身のこなしに、プロの威力を感じた。地謡や後見を務める皆様も洗練を極め、観に来てよかった、また行きたいという気持ちにさせてもらった。
※トップ画像は今回の舞台とは関係なく、noteサイトで選べる画像からイメージに近いものを使わせていただきました。