【新たに追加!】作家さんが「キャラを掴む」までに押したボタンを列挙してみる②
どうもこんにちは、STUDIO ZOONのムラマツです。
Mondで今回はこんな質問をいただきました。
だいぶ前に書いたこの記事ですね。
作家さんがキャラを掴めるようになるまで編集として押してきたボタンについて書いた記事なのですが、今回はこの質問者さんのお悩みにお答えする形でボタンを新たに追加しようと思います。ではでは、よろしくお願いします。
短いエッセイマンガを描くのはオススメ
質問者さんも「友人をモデルに漫画を描いてキャラが動く感覚がわかった」とおっしゃってますが、キャラでつまづいている方は自分や周囲の人を登場人物にしたエッセイを描くのはオススメです。
なにか1テーマ設けられたらいいですが、テーマの特にない日記マンガでもいいと思います。美容院で会話が噛み合わない美容師さんに当たって気まずいやりとりがあった…程度の出来事が1〜3Pくらいで面白く描けたら、かなりキャラが描けてると思います。
「キャラが描けない」は「やりとりが描けない」とほぼ同義です。まずは最小単位として自分を主人公とした日常のやりとりを1Pで描けるようになる。登場人物を増やす。ちょっと縦筋を入れてみる…という風に、描けるやりとりの範囲と分量を少しずつ増やしていく。
その先に、自分の作ったキャラを動かして長編ストーリーを生み出すことに繋がっていく……
ハズなんですが、自分の半径数メートルの人物を面白く描くことと、キャラがガンガン活躍するストーリーを描くことの間には結構な距離感があります。
そして質問者さんはまさにこのポイントに悩んでいます。「ディテールのやりとりはキャラっぽく動かせるが、大筋は予定していたストーリー通りになる」とは、作品がその狭間に落ち込んいる状況と言えるでしょう。
キャラとストーリーの間に生まれる狭間はなぜ発生してしまうのか。ちょっとそのことについて考えてみます。
ストーリーはテーマとキャラから自然発生する
いただいた質問文から「狭間」の発生原因として考えられるものをいくつか挙げてみます。
ストーリーがキャラと関係なく最初に設定されている
キャラがこのストーリーを生み出せるようにデザインされていない
(おそらく)テーマ=何を描くか、が適切に設定されていない
このテーマを描く上で面白そうなキャラ像は何か、という発想でキャラを考えられていない
そのキャラがどうすれば生き生きと魅力を発揮するか、という発想でストーリーを考えられていない
いっぱい書いてすいません。これはたくさんの問題があるというわけではなく「ストーリーはテーマとキャラから自然発生する」という感覚を掴めていないという1つの問題に由来しています。
その感覚について話していきたいのですが、具体例を出した方がわかりやすいと思うので、自分が担当していた『食糧人類』の企画経緯を通して説明していきます。
『食糧人類』の企画経緯について
① テーマの見出し
『食糧人類』の原作小説を紹介され、僕はコミカライズを検討することにしました。その結果、原作小説はテーマは素晴らしいものの、そのままマンガにするには構成が複雑で、内容を大幅に変更する必要があると考えました。
しかし、そのためには原作のテーマをしっかり抽出しないと全くの別物になってしまいます。なので「これは一体何が描かれている物語なのか」について作家さんとじっくり話し合いました。
我々が原作小説から読みとったテーマは「人間が生物たちを踏み躙ってきたのと同じ方法で復讐される恐怖」というものでした。もう少し粒度を大きくいうと「脅かされる生命倫理についての物語」。さらに、マンガとして面白く滑り出すには「物語冒頭は主人公を通して地獄めぐりを読者に体験させる」ことが重要であると考えました。
この時点ではキャラクターもストーリーも全然決まっていないのですが、この作品でやるべきことはかなり明確に見えている点にご注目ください。
② キャラクターの造形
次に主人公たちのキャラ作りに移りました。冒頭は主人公たちが地獄めぐりをすることが決まっていますし、中長期的に復讐される恐怖を描くことも決まっています。
となると、主人公は平凡な少年がいいだろうということになりました。「何があってもドンと来いだぜ!」みたいなドテラいヤツだと、地獄めぐりを怖がってくれません。読者と同じリアクションをしてくれる主人公として、何の変哲もない高校生・伊江くんが造形されました。
とはいえ、ただの平凡な少年だけだと地獄を見てワーキャー言った末に殺されて物語が終わってしまいます。この絶望的状況を切り拓き、ストーリーを押し進めてくれる強力な仲間が必要でした。
ざっくりと「力持ち」と「頭脳派」が一人ずつ欲しいな、と考えました。
まずは力持ちキャラから。ただ腕っぷしが強いとか軍隊経験があるくらいでは、とてもじゃないけど打破できない状況です。なんらかの特殊な能力が必要と考え、どれだけ切り裂かれても無限に再生し肉を生産し続ける「増殖種」という設定を加えました。この「増殖種」という設定はこの作品のテーマから発想しました。またそのような過酷な肉体と運命を背負わされている男なので、復讐に燃え直線的に進んでいくタイプのキャラになるだろう、ということが話し合われました。こうして、切り裂かれても死なず黙々と復讐に燃えるターミネーター・ナツネくんが造形されました。
次に頭脳派キャラ。当面はこの3人で行動していくことを考えると、この3人組のやりとりがスイングするような組み合わせを考えないといけません。平凡で気弱な伊江くんと寡黙なナツネくんに加えて、3人目も無口なヤツだったら、会話が全然弾みません(ただでさえ地獄みたいな状況なのに…)。そう考えると、この頭脳派キャラはだいぶふざけた明るいキャラがいいでしょう。また、ナツネくんが直線的に目的に進んでいくタイプなので、こいつは決まった目的がなくただ好奇心に任せて蛇行して進んでいくヤツが良さそうです。寡黙で謎めいたナツネくんを興味本位にイジることで、3人のやりとりが活発になるところも想像できます。
ただナツネくんと同じく、尋常なヤツではこの絶望的な状況を切り拓けないので、ただ好奇心が強くて頭がいいだけでは足りません。なんせもう一人は「増殖種」です。それに匹敵するくらいのヤバいやつ…ということで「人間の生命倫理から逸脱した愛を持つ男」というコンセプトが見えてきました。もちろん、これもテーマから発想しています。こうして興味本位でニコニコと自分の肉体を改造し、老若男女どころかどんな生物にも発情するエロマッドサイエンティスト・山引くんが造形されました。
うん、この3人なら地獄めぐりの恐怖を堪能させてくれる一方で、絶望的な状況にただ流されるのではなく、生き生きと乗り越えていくパワーも持っています。またテーマと関係する運命や能力を持っているので、彼らの活躍や過去を描くだけで作品のテーマが自然と浮き彫りにされます。
・キャラ造形が作品のテーマから発想されている点
・受け身にならず物語を推し進めるパワーを持っている点
・自然と会話が盛り上がるキャラ配置にしている点
・この時点でストーリーが目下のコンセプトしか決まっていない点
にご注目ください。
③ ストーリーの発生
このあたりまで打ち合わせをして、初めて1話目のネーム制作に着手しました。(最終的に完成した1話目は以下で読めます。未読の方は是非どうぞ)
さて、キャラクターも決まっていますし、大体のやることも決まっています。あとは「目下のコンセプト」に従いつつキャラが生き生きとする場面を用意して、読者の気持ちが途切れないよう面白く場面を連ねていくだけです。
まず地獄めぐりをするからと言って、いきなり地獄から始まるのはいただけません。目下のコンセプトは「読者と同じような平凡な主人公を通して地獄をめぐる恐怖を味わってもらう」こと。いきなり地獄にいる人は特殊すぎて、読者が自分と同じようだとは感じてくれません。となると、まずは主人公・伊江くんがごくごく普通の暮らしをしている場面を世界観を紹介しつつ見せていくのがいいでしょう。
ファストフード店の帰りのバスの中で、お互いの進路を話し合う高校生たち……なんでもないやりとりですが、この冒頭数ページでかなり読者と伊江くんのシンクロ率は上がってきているはずです。
さあ、これで地獄めぐりができる準備が整いました。ここからはテーマに沿った形で恐ろしい場面のアイデアを出していくターンです。
こうして目論んでいた地獄めぐりツアーのスタートを切ることができたわけですが、地獄をただめぐっているだけでは物語にベクトルがないので、「地獄からの脱出」というゴールへの期待感を1話目で示さないといけません。
そこで「地獄からの脱出」のキーパーソン・ナツネくんと山引くんの登場です。彼らの登場シーンはそのキャラクター性や状況打破へのポテンシャルが存分に発揮された場面である必要があります。
なかなかなインパクトを持って2人のキャラクターを紹介することができました。最後に今後の物語の方向性が示されて1話目が終わります。
以上の1話目を作る上で、担当編集としての自分の実感では「ストーリーを作った」という感覚はほとんどありませんでした。世界観やキャラの魅力がしっかりと出る状況を作り、その結果発生するキャラのやりとりを、わかりやすく気持ちが離れずに読めるよう構成した、という感じです。
まとめ
以上が『食糧人類』の1話目ができるまでの経緯になります。上記のほぼそのままの流れと内容で打ち合わせも進めていました。ここまで綺麗にテーマ→キャラ→ストーリーの順で考えていった例も珍しいのですが(特にテーマやキャラは考える順番が多少前後します)、自分が立ち上げた連載作品については原則ほぼこういう順序で考えていきます。
どうでしょう?冒頭で「ストーリーはテーマとキャラから自然発生する」と言っていた感覚は伝わりましたでしょうか?
質問者さんは「そのキャラしかしない動きを!と意識しても、先に考えていた話になぞらせてしまう」とおっしゃっていましたが、「話は先に考えていた」という部分がちょっと違うのかな、と感じています。
先に決めるべきは
・「この作品で何をやるか?」というテーマ
・そのテーマの味を存分に引き出し乗り越えてくれるキャラ
であり
・それらの魅力が発揮されている場面を 伝わる順序で構成した結果「出来ている」のがストーリー
なのかな、と。
この感覚が掴めれば「キャラとストーリーの間に生まれる狭間」は発生しないはずです。
質問への回答は以上になります。ご質問いただきありがとうございました!
最後にお知らせです。
今回紹介させてもらった『食糧人類』の蔵石ユウ先生・イナベカズ先生のコンビですが、現在LINEマンガで『ヒトグイ』という作品を連載しています。
お二人らしいスピーディで熱量の高いパニックホラー感に、野渡ひいさんの美麗な着彩も加わり、WEBTOONでしか表現できない没入感を味わえる逸品に仕上がっております。めちゃ面白いので、何卒ご賞味ください!
(下記のWEBからも読めますがWEBTOONはアプリで読んだほうが体験がいいのでLINEマンガアプリで読んでいただけますと!)
今回は質問に合わせてちょっと話が広がりましたが、この「キャラを掴むまでに押したボタン」の話はまだまだありますので時間ができたらまた投下します。
ではでは、引き続きよろしくお願いします。