商業マンガ連載の継続条件と続けるためにできること
どうもこんにちは、STUDIO ZOONのムラマツです。
先日、下記の記事を見つけ興味深く読みました。
初めての商業マンガ連載を打ち切りになった著者の方が、反省点を語りつつ打ち切りの回避策について考察されています。マンガ家さんから見えたことや感じたことが赤裸々に描かれていて、新鮮でした。
私も編集者として連載終了に立ち会ってきましたし、打ち切りを免れるために数字と睨めっこもやって参りました。その目線から「商業マンガ連載の継続条件」について一度まとめておこうと思います。
【注意】以下、かなりリアルな数字で連載継続の可否についてあれこれと書いています。「数字を知った方が考えやすいし興味がある!」という方は読んでもらって大丈夫と思いますが、「数字を意識すると創作が萎縮する」「数字を突きつけられるとウッ…となってしまう」という方は読まないようにしてください。
原価回収に必要な部数
まずは数字の面から掘っていきたいと思いますが、あくまで概算です。かなり簡略化しているので目安程度にお考えください。
まず、わかりやすく説明するために以下のモデルを用意しました。こちらを元に計算していきたいと思います。
まずは出版社目線で「作品にかかった原価を単行本でペイするために最低必要な部数」を計算していきます。つまり…
・作品の原価(WEB掲載時にかかった費用+単行本の制作費用)
・出版社への入金(販売部数 × 単行本の価格 × 掛け率)
がイコールになる部数を探っていけばいいわけですね。
作品の原価ですが、まずWEB掲載時に作家に支払う原稿料に加えて、写植などを入れる製版代が発生します。仮にこれを3000円/Pとすると1Pにつき13000円。1巻の192P中、マンガのページが185Pあるとすると1巻収録分の原稿料+製版代は約240万。さらに単行本の制作費用(デザイン・校閲・製版・印刷・製本・紙代等々)や宣伝費を合わせて約200万とします。さらに単行本印税ですが、刷部数に対して支払うため、8000部×650円×10%=52万円。それらを足して単行本1巻世に出すためにかかった原価はざっくりと500万円。
次に出版社への入金です。
出版社から取次への卸値を仮に販売価格の65%、販売部数をX部とすると
X部 × 650円 × 65% = 500万円
の式を満たすXが「かかった原価をペイするのに最低必要な部数」になり、このケースの場合は12000部になります。まあ、これだと8000部の費用を12000部売って賄っていることになるので変なんですが、原価率の低い電子の売り上げもあるので、とりあえずこんなもんとしておきましょう。
電子の話が出たので、電子含めて見ていきましょう。仮にこの作品の紙と電子の売り上げ比率が6:4だったとします。この比率で12000部を売るということは紙で7200部、電子で4800部(312万円)を売ることになります。初版8000部をほぼほぼ売り切って重版が決まり、電子の売り上げが300万円超えていれば何とか原価の回収できている、と。
この状況を単行本1巻の発売から編集者目線でリアルに再現してみます。
うーん、書いててめっちゃ記憶が甦りました。めっちゃリアルです。
よくSNSなどで話題になる紙の1巻の初速ですが、初日15%消化、3日で30%、1週間で40~50%程度が消化できていれば即重版ラインと言われています。新人デビュー作の1巻が発売初月に電子で200万売れていれば、結構売れてます。2巻発売までに300万は売れるでしょう。
というわけで、各巻12000部ずつ売れていれば問題なしですね!…というわけではもちろんありません。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、回収できたのは原価だけで、編集者の人件費や経費、営業総務の人件費・ビルの維持費や電気代・水道代などなどのいわゆる販管費が計上されていません。実際にはそれらの費用が各製品にベッタリと乗せられています(実際に業務計算上 乗せられていなくても、これらの費用を単行本その他の売り上げで賄えなければ事業として赤字です)。
加えて。掲載媒体によっては更にハードルが上がります。例えば大部数のメジャー誌であれば雑誌を制作し流通させることに大きなコストがかかり、その限られた打席の一つを占め続けるには、当然相応の売り上げが求められます。また雑誌のように打席数の上限はないものの、マンガアプリにも多額の宣伝費と開発運用費が割かれています(モデルをWEB連載としたのはこの媒体コストが一番かからないためです)。
なので上記の式でいえば
出版社への入金(X部 × 650円 × 65%) = 作品の原価+製品に乗った販管費等のコスト
がイコールになる部数Xが本当は必要なわけです。
(※電子は掛け率が変わるので不正確ですが概算ということで悪しからず)
こうなってくると、その会社がどれだけの労務費や販管費等を計上していて、どれだけ製品を出していて、それをどんな社内会計で処理しているか…みたいな話になるので、計算のしようもありません。が、そのために必要な部数が数倍に跳ね上がることは確かです。
言ってしまえば「各巻12000部を売り続けていても連載が続く限り赤字は膨らむ」ということになのですが、ではなぜ上記のリアルな再現の中で、編集者は1巻が12000部が売れる見込みがついたことについて「首の皮一枚つながった…セーフ……」と言っているのでしょうか。
マンガ出版は過去の名作に支えられている
しっかり統計をとったわけではない肌感ですが、単行本1巻の中で原価分を回収できているのは全体の4分の1程度です。さらに連載開始してから1年間くらいのスコープで言えば、上記の「原価+諸々のコストも加えて賄えている売り上げ」を出している作品となると1割にも届きません。言い換えると新作を世に出してから1年間くらいはほぼほぼ赤字なわけですが、だからと言ってどんどん終わらせていっては未来の自分の首を絞めることになります。
そこで「とりあえずこの基準を越えていれば、可能性アリと判断して継続しよう」というラインが必要になるのですが、「1巻の原価分はリクープできる見込みが立っている」ことを最初の継続基準としている編集部は多いように思います。上記でも触れましたが、この辺は媒体などの条件、編集部や編集長の考え方によってもちろん異なり、もっとハードルが高いこともあれば、原価のリクープに届かずとも作品の可能性を信じて様子を見続けることもあります。ただ、1巻が原価のリクープをするくらいの売り上げが出ていないとその後もなかなか持ち直せない(出ていれば可能性はある)という経験則的な事実もあり、原価リクープが一つの継続基準とは考えられるのかな、と。
では、やることなすこと赤字の期間を出版社はどうやって乗り切っているのかというと、過去の名作が生む売り上げなんですよね。過去の名作が売り上げを作ってくれている間に新作が新たな名作へと育つのを待つ……そんなサイクルが回っているのがマンガ出版ビジネスなわけです(余談ですが、過去作のライブラリがない状態で赤字期間を我慢しなくてはいけないところが、出版社以外がマンガ出版に新規参入する時の厳しさでもあります)。
連載継続のために作家さんができること
連載継続の条件は大体以上なのですが、作家さんレベルで連載継続のためにできることについて考えてみます。
SNS、書店特典、単行本の描き下ろしページ…などなどやれることは無限にありますが、リソースは限られているので、効果とカロリーを見て判断していく必要があります。
例えばSNSなどは、作品の宣伝を考えるとやっているに越したことはないように思えますが、活発に運用していくには相応のカロリーがかかりますし、作品に使うべき面白いネタをついついSNSに投下してしまう、ということもあるでしょう。
作品のジャンルで言うと、社会的なテーマを扱った作品、ショッキングな題材や恋愛を扱った作品、可愛いキャラクターが登場する作品などは、共感する人や、そのテーマやキャラについて語りたい人が多いジャンルなのでSNSで広く拡散される可能性があります。が、ファンタジーやスポーツやミステリーのような積み重ねで面白くなるタイプの作品は、あまり拡散を期待できません。
あと見落とされがちだと感じるのが、新刊の発売が作品の最大のプロモーションであるという点ですね。「全国の書店・電子書店の津々浦々に同時に単行本が並べられる」という露出の規模を個人で作ることはなかなか出来ません。なのでSNSを活発に運用するのであれば、しっかりと連載ペースを維持し刊行ペースを落とさないことが前提になるかな、と。
わかりやすいところでSNSのことから書き始めましたが、つまるところこの作品なりの勝ち筋を想定しておくことが大事なんだと思います。SNSをがんばるかどうかもそのための手段の一つです。掲載媒体でトップを狙う作品なのか、そういうタイプの作品じゃないのか、アニメ化が(実写化が)期待できる作品なのか、SNSで盛り上がりそうな作品なのか、紙中心で(電子中心で)売る作品なのか、どの書店で売れそうな作品なのか、漫画好きな芸人さんが取り上げそうな作品なのか、広告が回りそうな作品なのか……などについて担当編集者と話し合っておいて、どういう道筋で作品に火をつけて燃え広がらせていくかのイメージを(できれば企画段階から)共有しておくといいでしょう。そうすれば、この作品の場合は何に注力するべきかが明確になると思います。
連載継続のために読者さんができること
さて、以上は基本的に作家さん向けに書いたのですが、最後に読者の方に向けても書いていきたいと思います。
上で「火をつけて燃え広がらせる」と書きましたが、漫画を世の中に広めていく過程は「火起こし」に似ています。まず種火を作るのに非常に苦労するし、種火ができても雨風遮ってフーフー息かけて……と常時手をかけていかないとちょっとしたことで消えてしまいます。が、ある程度の火力が出てくると勝手に燃え広がっていきます。そして火の勢いが強いと見ると、周囲の人たちが向こうからどんどん燃料を足してくれます。
種火作りを連載開始だとすると、種火が消えないように繊細の注意を払っているのは1巻発売のタイミングです。先述の通り、ここで最低限 原価リクープが見えていれば、未来に可能性を繋げられます。が、新人さんのデビュー作の場合、このタイミングは一番味方が少ない時期でもあります。ここで単行本の購入(紙でも電子でも)、感想の投稿、リポストなどなどしていただけると作家さんと担当が死ぬほど喜びます。
スポーツ記者の人が「こいつはプロ野球行ったらすごいことになるな!という高校球児には焼肉を奢っておく。そうするとメジャーリーガーになっても親しく接してくれるんだ」と言ってました。恩を売るなら早めが吉!ということで、何卒よろしくお願いします。
追記(本題)
……とか漫画について色々書いてますが、今自分はWebtoonの編集を主にやっています。漫画の最初の勝負所は1巻発売のタイミングですが、Webtoonの場合は配信初日〜3日目が最初の勝負所になります。
というわけでみなさん、私が所属しているSTUDIO ZOONの新作が今後LINEマンガやピッコマにて続々配信が開始される(+そのことをXで告知します)ので、私のアカウントかZOON公式アカウントで配信開始のお知らせをお見かけの際は是非ともリポストやアプリでのご一読をいただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いします!