魔界のお嬢様、下界へ降り立ち執事の館へ帰宅する
お出掛け後の予定欄に「魔法界へ帰ります」と書いたら、己の「10億年ぶりにマニキュアを塗った」というツイートのせいで魔法族というより魔族感が強まり、結果的にタイトルのような設定になった。
貴方にそんな経験はあるだろうか。私はある。
諸君らは『執事の館』をご存知だろうか。
執事の館とは、愛知県名古屋市のどこかに居を構える、いわゆる執事喫茶である。
執事喫茶とは書いたが、他の執事喫茶やメイド喫茶とは異なる点がいくつもある。例えば、完全会員制である事や、一般には住所を公開していない事、その場でお金を払わない事、通信販売(お申し付けの品と呼ばれている)を行っている事、等々。
気になる方には、執事の館のホームページをご覧いただきたい。
また、執事の館の公式ツイッターのつぶやきを見てみたり、ツイッター内で #執事の館 と検索すれば、どんな所なのかなんとなく分かるだろう。分からなかったらすまない。
さて本題だ。先日その執事の館に帰宅した。
コロナ禍でしばらくの間休館していたのだが、この度月に5日間だけではあるが再開が決まった。本番に先駆けリハーサルを行うとの事で、リハーサルなんて滅多にない機会に帰るの面白そう!というノリと勢いで帰宅を決意した。
数年振りの帰宅、それも1人で帰宅するのは初めてであるが、私は魔族のお嬢様である。緊張感を表に出さず、堂々と、魔族としての風格を出しつつ名古屋駅から徒歩で向かった。(一応書いておくが名駅周辺ではないので数駅分歩いた)
まぁ行き(いや、帰宅するのだから帰りか?)にそんな魔族がどうとかは微塵も考えてなどいなかったが。むしろ眼鏡に曇り止めを塗り忘れて前が見えねぇ!と焦っていた。マニキュアに気と時間を取られ過ぎたせいである。
眼鏡を外し、輪郭がはっきりしない状態で歩いていると目的地である執事の館が見えてきた。ので眼鏡装着。普通の飲食店では看板が目印になるのだろうが、執事の館はこの店舗が自宅であるというコンセプトで給仕をしている。そのため看板の類いは一切無く、目印となるのは赤い馬車(自動車)である。
この赤い馬車は、別途料金が掛かるが出掛ける(滞在を終えて帰る)際に乗車可能だ。私はまだ利用した事がないのだが、専属の運転手による運転は評判が良いようだ。利用したい場合は事前に伝えておくといい。きっと特別な経験をするだろう。
館に到着してまず出迎えてくれるのは、家事係と呼ばれる比較的若い使用人だ。ドアマン、と言えばなんとなく伝わるだろうか。この時は新人とその先輩の2人の家事係がいた。初々しい新人と、それを見守る先輩、という図は見ていて微笑ましい。まぁ眼鏡が曇っていてよく見えなかったが。
館内の準備が整うまで、本人確認、カップセレクト(してもいいし、しなくてもいい。普通のカップもあれば、アニメやゲームとコラボしたカップもある)、帰宅前に買い物をしてくると事前に伝えていたため何を買ったのか話したり、等々。
帰宅予告をすると給仕の参考用に、とサイトに帰宅前後の予定の記入を求められる。書く書かないは自由だが、何か書いておくと執事の方からその話題を出してくるため、書いておいて損はない。ちなみに私は今回、帰宅後の予定に「魔法界へ帰ります」と書いたためタイトル及び冒頭のようになったわけである。執事達は基本的に肯定してくるため、自分で書いた事には責任を持ってその場のノリに乗ろう。
館内の準備が整うと、家事係が扉を開けて玄関へ。ここでは給仕係が出迎えてくれる。席への案内から料理の説明、料理の乗った皿を運んできたりと文字通り給仕してくれる人だ。玄関にはシャンデリアがあったり生け花が飾られていたり、眼鏡が曇っていなければ飾り付けを目で楽しむ事ができる。12月なのでクリスマスの飾り付けも施されていた。
その次に通されるのはクローク。ここで介添係ことばぁやに荷物や上着を預ける。館内は、と言うか外観もだが撮影禁止であるため、お手洗いに行く際必要なもの以外は全て預けよう。預けたら紙製のマスクケースをお盆に乗せた状態で差し出されたため、それを1枚受け取る。
そして廊下を通り給仕係に案内されたのは、白の部屋。文字通り白を基調とし、差し色として青を採用した、明るく上品な部屋だ。この部屋で食事をする。
2人1組、もしくは1人で帰宅する事ができるのだが、1人で帰宅すると、向かいの席には大きなテディベアが座る事となる。この日1人で帰宅した私の前にも、ふわふわのテディベアが鎮座していた。可愛い。ちなみに向かいの席とは書いたが、感染対策のため斜め前になっていた。
席に座ると、個包装のお手拭き(以前は良い匂いのするお手拭きが置かれた)、水出しの紅茶とエピスクッキーが2個出される。紅茶で喉を潤していると、給仕係が軽食やお菓子の乗ったワゴンを2台運んでくる。
ここからが本番だ。
リハーサルであるため通常よりは品数が少ないのだが、それでも種類は豊富だ。どんなものがあるのか、簡単に説明しよう。
まず軽食。スープにパン、肉・魚料理にキッシュ、人参ラペ。注文は全部で3皿分行うが、1皿目は主にこの軽食から選ぶ。
そしてお菓子。ケーキやクッキー、マカロン、プリン、スコーンがそれぞれ数種類ずつ並べられている。2皿目はこの中から選ぶ事が多い。
ワゴンに並べられてはいないが、飲み物も紅茶や珈琲、ジュース等が何種類もある。
テーブルの両サイドに並んだ料理の数々から、まずは2皿分「好きなものを、好きなだけ」選ぼう。食べ放題みたいな感じだ。給仕係が一品一品どんな料理なのか説明はしてくれるが、メニュー表が存在しないため名前なんて覚えていられないだろう。そんな時は「あれと、これと……」と食べたいものを指差しすればいい。
ここからは、今回の帰宅で私が食べたものを紹介しよう。これ食べたい!と思っても12月限定でもう食べられないものもあるが悪しからず。まずは1皿目から。
・【12月限りの飲み物】HOT 柚子紅茶
名前通り、柚子の香りがする紅茶。軽食にもお菓子にも合う、との事で軽食に合わせてみた。温かくてほっとする一杯。カップセレクトを行ったため、こちらはこのナルミ・メッシュというカップに入れてもらった。メッシュになっているのがお分かりいただけるだろうか。
・【12月限りの品】鶏肉と冬野菜の白いスープ
「優しい味」という言葉はこのスープのために存在する。一口飲んで、私の直感がそう告げた。柔らかな具材と程よい温かさのスープは身も心も優しさで満たしてくれる。スープに浸す用に胚芽ロールも頼んだ。
・【12月限りの品】イベリコ豚のグリル マッシュルームソース
私は茸類が苦手なのだが、それはそれとしてイベリコ豚が美味しそうなので頼んだ(無理はなさらずに、と執事に言われたが)。もちろん美味しかった。柔らかなお肉に絡み合うソース。美味しくない訳がない。食べられない訳ではないのでマッシュルームも食べる気でいたら、盛り付けの段階で退けてくれた。うちの執事は優秀なのだ。ありがとう。
・キッシュ
執事の館の定番メニュー。これを食べずに何を食べる。今までに数多くの主を虜にし、飲めるとまで言わしめた一品。苦手でなければ是非とも食べてほしい。ふわふわのこのキッシュを食べたが最後、他のキッシュでは満足できない体になってしまう。
・タンドリーチキン
こちらも定番の一品。柔らかなお肉を口の中で堪能しよう。一口大に切られているため、そのままフォークで刺して口に運ぶ事ができる。写真を見て思い出したが、これって普通はトマトもついてくるものなんだな。何も言わずとも私の皿にトマトは乗らない。
次に2皿目。誕生月に帰宅すると2皿目はバースデープレートへと進化する。だが私の誕生月は12月ではないので普通のお皿で来る。
あれ?
給仕係が手に持つのは黒色のプレート。誕生月に帰宅した時に見た事のあるプレート。テーブルに乗せられたそれには“Happy Birthday”の文字と薔薇のイラスト。
「長い間お休みを頂いていてお嬢様の誕生日を祝う事ができなかったため、本日お祝いさせていただきます」
粋!!!
という訳でバースデープレートが来た。驚きすぎて何て言ってたのかは細かく覚えてないが、大体上記の様な事を言っていた。
・【誕生日のジュレ】X'mas .ver
バースデープレートには必ず誕生石のジュレが付いてくるが、今回はクリスマス仕様になっていた。星の形の(たぶん)砂糖菓子が可愛らしい。
・ディンブラ
2杯目の紅茶。ケーキに合う紅茶が欲しい、と言ったら勧められそのまま注文。甘いお菓子を邪魔しない、すっきりとした味わい。こちらは1杯目を飲んでいる途中で頼んだため、カップは通常時に使用するノリタケ・アルマンド。
・【12月限りの品】キャラメルナッツのバスクチーズケーキ風
滑らかなケーキと歯ごたえのあるナッツの相性が抜群。濃厚な味わいを存分に堪能した。何故12月限定なのか……。
・米粉のシフォンケーキ
シフォンケーキっていいよね。ふわふわで空気みたい。いくらでも食べれそう。生クリームつけて食べたい。
・青いケーキ
こんな鮮やかな青色のアイスケーキを、貴方は見た事があるか?無いのであれば、執事の館に帰宅するか、お申し付けの品(執事の館の通販)に並んだ時に注文してみるといい。ギョッとする見た目ではあるが、しっかり美味しい。給仕係に「何味かお分かりになりますか?」と問われたが、美味しい事しか分からなかった。ナッツとか?と答えたら、それは食材ですとつっこまれた。まぁ、これでナッツは無いよね……。
・スコーン、全粒粉のスコーン、全粒粉のチーズのスコーン
この日、スコーンはこの3種類あった。どのスコーンを食べるか考えた結果、3種類とも食べる事にした。半分に割り、クロテッドクリーム、いちじくのジャムもしくはキャラメルスプレッドを乗せてパクリ。至福の一時である。
最後に3皿目。3皿目は2皿目を食べている時に注文する。1皿目、2皿目に頼んだものをもう一度頼んでもいいし、まだ食べていないものを頼んでもいい。今回私はスコーンでお腹が膨れたため、まだ食べていないものを3つだけ頼んだ。
・愛知県名古屋市のいちご求肥
雪見だいふくの外側のもちもちのあれ。あれが求肥だ。その苺味だ。口に入れるとずっともちもちしていて頬っぺたが落ちそうになる。ナイフとフォークでは上手く切れず、3分の1の大きさで口に入れたら「何か起きた時のために見守っております」と執事に言われた程もちもちたふたふしている。普通はお申し付けの品(通販)でしか手に入らないが、今回特別にワゴンに並べられていた。
・ほうじ茶のプリン
ほうじ茶って何であんなに安心感があるんだろうね。その安心感がプリンの形をしているのがこちら。たぶん味は想像できるだろうが、それに上方修正を加える事をおすすめする。
・クレーム・ド・ブリュレ
パリパリの表面にスプーンを突き刺しパリッと割れるあの瞬間。それを楽しむためにクレーム・ド・ブリュレを頼んだと言っても過言では……ないけどそれだけではない。濃厚なカスタードも楽しみの1つだ。パリパリとねっとりのハーモニーを味わうこの瞬間、幸せが舞い降りる。
以上が今回私が食べたものの全てだ。どれも美味しく、お腹だけでなく心も満たされ、とても幸せな時間を過ごした。
執事の館に会員登録をする際、住所、氏名、性別(6択ある)、生年月日の他、利き手やアレルギーの有無、苦手な食材好きな食材、それだけでなく職業や趣味など、実に様々な物事を入力する事になる。だがこれらは全て、給仕のために必要だからである。例えば、私の皿にトマトが乗らないのは苦手な食材の欄になると書いたからだ。食事中は執事が話しかけてくる事もあり、その時に料理の味だけでなく仕事や趣味の話なんかもする。
この日も服装の話から趣味であるゲームや本、映画等々、あれやこれやと執事と話をした。趣味の話も、私の趣味が何なのか、という情報を入力しているからこそ執事の方も話を振りやすいのであろうし、そうやって振ってくれるからこそこちらも話がしやすい。だが見ているのはそれだけではない。
ツイッターも見られてる。
新開さん、というのはこの日私に給仕してくれた給仕係だ。これを言われる前にマニキュアの話をしたが、もちろん10億年ぶりに~なんて一言も言ってない。その後一旦執事が捌けた時に家事係から情報を仕入れてきたのだろう。全く油断も隙もない。もっとマシな事をつぶやいておけばよかった。
そんなこんなで出掛ける時間になった。滞在時間は90分なのだが、まだ30分しか経ってないように感じる。楽しい時間はあっという間に過ぎていくものだ。
白の部屋を出て給仕係と共にクロークへ行き、ばぁやに上着を掛けてもらい、荷物を受け取る。この時ばぁやが私のマニキュアに気づき、10億年ぶり~のくだりをもう一度やり、10億年前はばぁやがまだ若い頃だったという新事実が発覚。使用人達のノリの良さには感服する。
「また下界へいらした時は是非お立ち寄りください」なんて給仕係が言いながら玄関の扉を開けると、外では家事係の2人が頭を下げて待っていた。そう言えばそうやって待ってるだったな、と思い出しつつもビビる。だって成人男性2人が深くお辞儀して待ってる状況なんてなかなか無いぜ?ビックリするよ。
夕飯時に帰宅したため、外に出たら辺りはもうすっかり暗くなっていた。12月なので寒くもある。
「こちらをお使いください」
そう言って家事係が出してきたのはカイロ。しかも温かい。思わず口でも温かいと言っていた。
「温めておきました」
秀吉か!? とは流石に口に出さず、心の中でつっこんでおいた。ともあれその心遣いに感謝した。そして2人の家事係と館を背に、私は魔界へと……名古屋駅へと出掛けていった。
90分という長いような、でも体感では短い時間をこの日私は執事の館で過ごした。美味しい料理に優しい使用人達。至れり尽くせりな90分間だった。人に優しくされると、自分も優しくなれるような気がする。幸福感に満ちた90分。
これを読んで気になった人は是非とも執事の館へ帰宅してほしい! ……とは言い難い状況であるのが非常に残念だ。だが帰宅できずとも、執事の館の会員登録ならできる。
今回食べた料理の中には、お申し付けの品(通販)で購入できるものもあり、食べてみたいものを注文すれば別宅(主が実際に住んでいる所をこう呼んでいる)で執事の館の味を楽しむ事ができる。また、お申し付けの品では料理だけでなくアクセサリーやレターセット等様々な物が購入できる。どれもここでしか買えないものばかりなので、何が並んでいるのか目を通してみてほしい。
以上、だいぶ長くなってしまったが執事の館帰宅レポートだ。最後まで読んでくれた諸君らに感謝する。ありがとうございます。執事喫茶という性質上帰宅するのはお嬢様が多いが、お坊っちゃまの帰宅ももちろん大歓迎だ。なかなか帰宅し難い今の世の中が早く終わる事を願っている。
もう一度ホームページへのリンクを貼っておくので、どんな所か気になったそこの貴方。クリックするように。