恋愛(しない)談議
エリー「うわ~ん! また調合失敗しちゃったよ~! ねぇカイトくん、手伝ってくれないかな」
・手伝う
・手伝わない
「何度も失敗する奴の手伝いをした所で時間の無駄だろう」
「ロクドトさん的にはそうかもしれませんが、主人公のカイトくんはもっと優しい性格なのでここは手伝ってあげましょうよ。ていうかそうやってフラグへし折っていったら、いつまで経っても個別ルートにすら辿り着けませんよ」
今、私こと紫野原翠は訳あって、異世界から来た居候のロクドトと共に恋愛アドベンチャーゲームをしている。何故そうなったかと言うと、昨晩こんな事があったからだ。
今やっているゲームが終盤に近付いていると感じた私は、早くどんな結末を迎えるのか知りたい一心で入浴後もせっせと話を進め、エンディングに辿り着いた時には日付が変わっていた。寝る前に水でも飲んでおこうと思った私は、二階の自室から一階の厨房へと向かった。
(泣きゲーだとは聞いてたけど、こんなに泣けるとは……。素晴らしい大団円だった……。何でもっと早く手を出さなかったんだ……。このメーカーの他のゲームもやってみようかな。……あれ?)
厨房から明かりが漏れている。消し忘れかとも思ったが、そうではないとすぐに分かった。扉の奥からロクドトの魔力を感じ取ったからだ。
(こんな時間に何してるんだろ……って、それは私もか)
それ以上は特に気にも留めず扉を開けると、それに気づいたロクドトがこちらを見て驚いた顔をした。そして手に持っていたグラスを置き、血の気を引かせ、こんな事を言いながら近づいてきた。
「キミ……何かあったのか? 悪い夢でも見たのか? それとも誰かに嫌な事でもされたのか? 何者かが侵入した気配は無かったがワタシでも気がつかない様な」
「いや、あの、ゲームしてて……それで泣いてただけです……」
「……」
(わー……目が据わった……)
私の目の前まで来たロクドトは苛立ちを抑えるように息を吐いた。さっき飲んでいたのは酒か。
「あの~、お水飲みたいので、どいてもらってもいいですか……?」
進路を塞いでいたロクドトは無言で道を開けた。その間も睨むように私を見ていた。勝手に謎の心配をしたのはそちらなのだが……。
戸棚から取り出したコップに水を注ぎ、ごくごくと飲んで一息つくと、それを待っていたかの様にロクドトが話を切り出した。
「ゲームと言うのは、キミが時折皆でやろうと言って棒を渡してきて、テレビとやらでやっているアレの事だな?」
「棒ってコントローラーの事ですよね……? まぁ、ソレがゲームです」
「アレに泣く要素など無いだろう」
カン——ッ‼
私がコップをとても丁寧に置く音が室内に響いた。
「今、何て言いましたか?」
「ゲームに泣く要素など何処にも無いと言ったのだ」
ゲームに”泣く要素”が”何処にも無い”だと……? 嗚呼、何て愚かな。複数人でも遊べるパーティゲームしかやった事の無い人間が、知った様な口を利きやがって。
「前言撤回してください」
「何故だ。キミはあのゲームに泣く要素があるとでも言うのか?」
「あのゲームであれば、負けたのが悔しくて泣く人だっているでしょう。ですが私がさっきまでやっていたゲームで泣いた理由は勝ち負けではありません。その物語に感動したからです。一口にゲームと言っても、色んな種類があるんです。皆で楽しんで遊ぶゲームもあれば、一人で本を読む様に物語を楽しむゲームもあります。ロクドトさんはこの世界の人じゃないので、ゲームに詳しくないせいで泣く要素は無いと言ってしまうのも仕方のない事かもしれませんが……ですが。よく知りもしないのに知った様に言われるのはムカつきます。なので……」
私は眠い目でロクドトを睨みつけた。
「明日からロクドトさんには、私がさっきまでやっていたゲーム『Fクラスの魔法使い』をやってもらいます——ッ!」
ロクドトは馬鹿にする様に鼻を鳴らした。
「いいだろう。どんなゲームであろうが、受けて立つ」
こうして翌日、つまり今日。事務所に置いてあるテレビにゲーム機を繋ぎ、『Fクラスの魔法使い』をロクドトに初めからやらせ……今に至る。
エリー「カイトくん、手伝ってくれてありがとう! 今度何かお礼するね。そうだな~、今度の魔法調理実習でクッキーを作るから、それでもいいかな? あ、クッキー嫌いじゃないよね?」
・クッキー好きだよ
・クッキー嫌いだよ
・クッキーよりも君が欲しいな
「……何なのだこの選択肢は」
「今の段階で三番目を選んでも冗談としか思われないので、一番目を選ぶのがいいですね」
「そういう事を聞いているのではない。何故“君が欲しい”などと言うのだ? 意味が分からん。彼女は誰の所有物でもないだろう。キミであれば誰かからこの様な事を言われて喜ぶのか?」
一度に幾つも質問されても困るのだが、順番に答えていこう。
「この場合は“君が好きだ”という意味合いで“君が欲しい”と言っているんだと思います。エリーちゃんが誰の所有物でもないのは確かですが、他の……いや、これは後々の話だから今はいいか。で、私が誰かから“君が欲しい”と言われて喜ぶかどうかですが、好きなキャラクターや声優さんに言われたとしたらきゃーってなりますけど、そんじょそこいらの人間に言われてもうわ……ってなるだけで嬉しくもなんともないですね」
「……そうか」
納得したのかどうかは分からないが、ロクドトは一番目の選択肢を選んでゲームを先に進めた。暫くの間は無言で進めていたが、また新たな疑問が浮かんできたのかロクドトが口を開いた。
「キミがやれと言うからやってはいるが……このゲームの目的は何なのだ?」
根本的な質問だった。
「ゲームの目的はゲームをクリアする事ですが……聞きたいのってそういう事じゃないですよね。このゲームの内容とか、主人公の目的とか、そういう部分ですか?」
「ああ」
「では恋愛アドベンチャーゲームとこの『Fクラスの魔法使い』に限って説明をしますね。まず、恋愛アドベンチャーゲームは“恋愛”と言っている通り、登場するキャラクター達との恋愛を楽しむゲームです。さっきも出てきたような選択肢を選んで、攻略対象のキャラクターと仲良くなって、個別ルート……えーっと、主人公が攻略対象の一人と付き合う事になるのが大雑把な流れです。このゲームも大体そんな流れで、もう少し詳しく説明しますと、主人公達はノームルフ魔法学園に通う落ちこぼれの生徒で、落ちこぼれ脱却の為に日々奮闘しつつ恋愛もして、個別ルートでそれぞれの苦手を克服していきます。なので主人公の目的もルート毎に違いがあります。そして各個別ルートクリア後にメインヒロインルートに進んで、一回目のエンディングを迎えた後は学園に現れた魔王を倒す為に皆で頑張ります」
「何故魔王が現れるのだ⁉」
突然の魔王登場に心底驚いたようだ。
「それは進めてからのお楽しみです! あ、因みにその魔王を倒した後は強制的に魔王ルートに入ります。これが感動するんですよ~」
「……意味が分からん」
ロクドトは苦虫を嚙み潰したような顔で言った。
「進めていけば分かりますよ。……うっ、思い出しただけで涙が……」
何しろそれを昨夜見届けたばかりなのだ。鮮明に思い出せる。あの感動シナリオ。彼女の生い立ち。彼女が何故魔王になったのか……。
「しかし、これは恋愛をするゲームという事だが……主人公は男性で、恋愛をする相手は女性なのだよな?」
「はい。見ての通りですね」
「キミは女性なのに、何故男性が主人公のこのゲームをやったのだ? 主人公が女性のゲームは無いのか?」
「女性が主人公で男性と恋愛をするゲームも勿論ありますが、これは個人の趣味の問題なので、あまりつっこまないでいただけるとありがたいです……。別にイケメンと恋愛したいって訳でもないですし……。まぁ女性と恋愛するゲームをやっているからと言って、現実でも女性と恋愛したいと思ってるって訳でもないんですが……」
何と言うか、シナリオが面白そうだと思ったのがたまたま男性向けの恋愛ゲームだった、という感じだ。
「……ワタシも女性と恋愛したい訳ではないのだが? 勿論女性でなくともだが」
「まぁそうですよね。ですがこれはシナリオを読んで進めていくゲームなので、本を読む感覚で楽しんでください」
エリー「うわ~ん! ごめんねカイトくん。クッキー焦がしちゃった」
「彼女また失敗しているぞ! これをどう楽しめと言うのだ!」
怒りが抑えられなかったのか、立ち上がって抗議し始めた。
「エリーちゃんはドジっ子でやる事なす事全部失敗しちゃうキャラクターなんです! たまたまこの子がそういう設定ってだけで、他の子はそうじゃないんです! それに主人公が手伝ってあげる事で、失敗の数も減っていくんです! 今だけでも我慢していてください!」
「くっ……今だけだぞ」
どうにかなだめすかして座らせる事ができた。どんな攻略対象よりも、リアルに存在する分この人の方がよっぽど面倒臭い。
また暫く進めていると、別の女の子が出てきた。
アリス「あ! カイトくんだ! おはよ~ってもうお昼だよね。いや~、今日もぐっすり快眠で寝過ごしちゃった」
「……この人物も、女性……なのだな?」
「? ええ、見ての通り、可愛い女の子ですよ」
「“アリス”は男性名ではないのか?」
「……あー」
そうだ。思い出した。ロクドトが所属していた騎士団には“アリス”という名前のゴツい男性がいたのだ。やはりあちらでは男性名だったのか。
「ペンネームで使ってる男性作家もいますけど、こっちでは女性名です」
「ではこの人物も女性という事は、彼女とも恋愛をするのか?」
「はい。そういうゲームですから」
するとロクドトは眉間に皺を寄せた。
「……一度に何人もの女性と付き合う事になるのか? 不誠実すぎるぞ」
「えーっと、そういったハーレムもののゲームも世の中には存在しますけど、これは一人の女の子と付き合う話がヒロインの数だけある、というだけで一度に何人もの女の子と付き合う事にはなりません。その辺りこの主人公カイトくんは誠実です」
しかしまだ不満があるようで、ロクドトの抗議は続いた。
「だがそれは、結局は出てくる女性全員と付き合うという事なのだろう? 不誠実ではないか。ふん。だから嫌なのだ愚か者共の愚行は。あちらの女性が駄目だったからと別の女性と付き合い、だというのにまた別の女性とも隠れて付き合う……。キミだってそんな事をされたら嫌だろう」
「ううん……嫌と言えば嫌ですが、そもそも自分が誰かと付き合う事自体が嫌ですね。恋人だからってだけであれこれ束縛されたり、したくもない事をしないといけないなんて絶対嫌です。……というかロクドトさん、今言った様な話を騎士団で聞かされてたんですか?」
「ああ。聞きたくもないのに馬鹿共が馬鹿でかい声で騒ぐものだから、嫌でも耳に入るのだ」
「あー、分かります。私も前の職場で、聞きたくもないのに彼氏やら旦那やらの愚痴を聞かされました。愚痴しか出ないなら別れればいいのにって思うんですけど、でも~だって~とか言ってよく分かんない言い訳してくるんですよね」
「どこの世界でもそれは同じなのだな」
「そうみたいですね」
二人でしみじみと頷いた。
アリス「ねぇカイトくん。この後予定入ってるかな。何もないなら二人で遊ばない?」
カイト「予定も何も、この後は授業だよ。アリスさんも授業に出なきゃ、また先生に怒られちゃうよ」
アリス「ええ~、いいじゃない。授業に出ても、先生の話がつまらなくて寝ちゃうだけだし。こんなに天気のいい日は屋上で授業をサボるに限るよ」
・授業をサボる
・授業に出席する
「彼女を説教する事はできないのか?」
「カイトくんはそういう人じゃないのでしません」
「何故だ。学生ならば勉学に励むのが道理だろう。それに彼女は先程の発言から午前の授業にも出ていない事が分かる。学生であるのに授業に出ないとはどういう了見だ」
「いや、その、これは“授業をサボる”を選べば分かる事なんですが、彼女は落ちこぼれのFクラスにいますが実は天才キャラで、授業に出席しても既に知っている事だらけで聞く価値が無いから、という理由でサボっています」
「……では何故彼女は学校に来ているのだ?」
「それも後々語られますから、先に進めてください」
ロクドトはぶつぶつと文句を言いながらも“授業をサボる”を選択し、物語を進めていった。
アリス「私ってさ、小さい頃から何でもできるのが当たり前だったんだ。本は一回読んだだけで内容全部覚えられたし、魔法だって失敗したことなんて一度もない。だからさ、できないから頑張ってできるようにしよう、って努力してるみんなが羨ましいんだ」
「……驚いたな。キミの言う通りだったとは」
「え。何で疑ってたんですか」
アリス「最初は馬鹿にしてたけど、みんな私には持ってないものを持ってるんだって思うと、悔しくて……。だから、だんだん見るのが嫌になってきて、授業もサボるようになったんだ。そしたらFクラスなんかに入れられちゃったけど、でも、そのおかげでカイトくんに出会えたからラッキーだね」
「彼女のせいでこちらは授業をサボる羽目になったのに、ラッキーも何もあるか」
「大丈夫です。サボった分はアリスちゃんが教えてくれるので」
「……なるほど。確かに教師よりも頭がいいのであれば、彼女から教わる方が得策だろう」
「はい。なのでアリスルートではずっと彼女と二人きりで手取り足取り教わったり、教えたりします」
私の言い方に疑問を感じたのか、ロクドトは頭を捻った。
「この主人公が彼女に教えられる事が何か一つでもあるのか?」
「大分カイトくんの事馬鹿にしますね……。アリスちゃんが教えてほしい事があるの、と言うのでカイトくんが教える事になるんですが……まぁこれは全年齢版なので詳細は省かれます」
「全年齢……? 年齢制限がついているものもあるのか?」
(あ……)
マズい。言わなくていい事を言ってしまった。
「おい。何故目を逸らす。……まさか、手取り足取り教えるとはそういう」
「うわー! それ以上言わなくていいです! 何でそういうゲームを私がやってるのかとかも聞かなくていいです! 私は! ただ! シナリオが面白そうだと思っただけで! 別に恋愛とかそういうのを求めてやってるんじゃないんです! そりゃまぁ可愛い女の子キャラクターは好きですけど違うんですよ! たまたま面白そうだと思ったのが恋愛アドベンチャーゲームというジャンルだっただけの話で! 別に、その……違うんですよ!」
ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。
「……あー、すまない、翠。そうだな。これは女性に聞く事ではなかった」
「分かればいいんです」
「ところでこれは、キミが泣いたという場面まであとどれくらいあるのだ?」
「泣いたのはラストの場面で、ここはまだまだ序盤なので、大体あと五十時間ってところですね」
「……今日はこの辺りで止めてもいいか?」
「いいですよ。また明日やりましょう」
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