しゅわしゅわに浮かんだお月様-Cafe SARI-
初めてこのお店に来た時は付き合って8年になる彼と一緒だった。駅前の通りから一本入った路地裏にあるお店、彼と一緒に偶然通った道で見つけた。
「二人だけの秘密のお店」
桜が散り始めた季節は少し夏の匂いがした。
「沙璃さーん、ただいまー!」
なぜ、こんな挨拶になったのかは私にもわからないけど。Cafe SARI のママ沙璃さんの優しい雰囲気と居心地の良いお店が自然とお家に帰った気持ちにしてくれました。
「沙璃さん、あのね、彼氏のアキラがね。今働いてる会社の正社員になったんだって!めっちゃ嬉しくて、沙璃さんに1番に話したくて飛んできたー!」
「それでね!今度の土曜日にアキラの正社員おめでとうパーティーしたいの!あ、でも人を呼んでとかじゃなくて。いつも通りの二人のデートなんだけど、昼間にアキラに内緒でケーキ買ってきても良いかな?」
テンションあがって無茶振りだったけど…
「蜜柑ちゃん、良かったね!おめでとう。全然いいよ。何かリクエストあったら食べたい料理つくるよ。」
沙璃さんは、笑ってオッケーしてくれて
「本当に!やばい!めっちゃ嬉しい!沙璃さんの料理めっちゃ美味しいから、買ってきたケーキよりも、そっちの方がアキラ喜ぶと思う!」
「何がいいかなぁ〜。そうだ!牡蠣グラタンお願いできないかな。アキラ、牡蠣嫌いなくせに沙璃さんの牡蠣グラタンだけは世界一美味しいって言ってたから」
「オッケー、任せて!」
「沙璃さん、今度作り方教えてよ〜」
…
なんか、めっちゃテンションあがってビール一杯飲んだら帰ろうと思ってたけど…。楽しくなって気が付いたらいつも通り飲んでました(笑)
ほかのお客さんは帰って沙璃さんとカウンターで2人。
「あのね、沙璃さん…」
「結婚って。良いかな?」
酔っ払った勢いでつい口に出してしまった。
「良いと思うよ。どうした、アキラ君にプロポーズされたの?」
「ううん…まだ。って言うかそんな気配もない」
「どうしてそう思うの?」
「あのね、私達16歳から付き合っていて今年で8年になるんだ。お互いに初めて同士の付き合いで。私はアキラが初恋の人だから全然良かったんだけど、アキラはどうなのかな…。って最近思って」
「周りの友達も結婚し始めて、子供とか出来て私も、そろそろ考えないとな。って思ってて…」
「蜜柑ちゃんは、アキラ君と一緒になりたい?」
「うん」
「付き合うと結婚は違うけど、8年も付き合っていたらお互いの事はだいたい分かるような気もするけど…こればっかりは当人達でしか分からないからね。」
「だから私、アキラも正社員なったから。ちゃんと話そうと思う。将来の事や子供の事」
「そうだね、二人でちゃんと話した方がいいね。蜜柑ちゃんファイト、そろそろ閉店だけど。最後に一杯ビールご馳走するよ」
「やったー!!沙璃さん大好き!私、頑張る!」
…
まぁまぁ飲んだ、二日酔い一歩手前。いや二日酔気味まで飲んだ。
「蜜柑ちゃん、大丈夫?1人で帰れる?」
「沙璃さん、大丈夫、今日もありがとうございました。なんか、頑張れそうです!」
「無理したらダメだよ。アキラ君の話も聞いてあげてね。」
「はい!大丈夫です!私達ラブラブですから!今度の土曜日、楽しみにしててくださいね!3人で乾杯しましょうね!」
「はーい、気をつけてね!牡蠣グラタンたくさん作っておくね!」
「ありがとございまーす!いぇーい!」
…
…
…
当日、土曜日
牡蠣とホワイトソースの甘い匂いが広がる店内、しっとりとしたBGMはビル・エヴァンスの『Danny boy』
それをかき消すようにバタバタと駆け足が聞こえる。
「沙璃さーん!ただいまー!ケーキ買ってきたよー!って、うわぁ、美味しそうな匂い。めっちゃ牡蠣〜。」
「あらあら、早かったね。気合ばっちりだね。」
「うん!とりあえずケーキ置かせてもらって、これからプレゼント買いに行くの!やっぱり社員さんだから、ビシッとネクタイ締めないとだから、ネクタイピンをの買いにいくんだ〜!」
「楽しそうだね、こっちまで幸せな気持ちになるよ。蜜柑ちゃんありがとう。」
「沙璃さん、何言ってるんですか、こちらこそですよ。本当にありがとうございます!このお店に出会えたのも、沙璃さんと知り合えたのも、本当に幸せです!」
「では、また夜にアキラと2人で来ますね〜!牡蠣グラタン楽しみ〜」
「気をつけてね」
「はーい」
…
…
…
…
午後6時
オープンしてすぐにカウンターは常連さんの顔でうまった。
「沙璃さん、なんか今日は嬉しそうだね。」
常連の男性が話しかける。
「ふふ、わかる?今日はね、娘のおめでたい日なの」
「え!沙璃さん娘さんいた?」
「内緒」
「なーんだ、だからあのテーブル席空けてたんだね」
「ふふふ、いーの、おかわりする?ハイボールでいい?」
「ま、沙璃さんが楽しそうならいいか。沙璃さんも飲んでよ、おめでたい日なんでしょ?乾杯しよう」
「嬉しい、ありがとう」
…
…
午後8時
そろそろ来ても良い頃だけれど…
大丈夫かな、事故にでもあってなければいいけど…
「沙璃さん、どうかした?大丈夫?」
「ううん、なんでもない、」
「そっか、牡蠣グラタンある?あれ美味しいんだよね」
「ごめんなさい、牡蠣グラタンは今日は終わったの、オイルサーディンも美味しいよ」
「ざんねーん、でもそれも良いね。お願いします」
「はーい、ちょっと待っててね」
…
…
午後10時
今までの慌しさが嘘のようにお客は帰って、店内は沙璃とBGMだけが残った。
「本当に大丈夫かな、電話してみよう」
そう、スマホを手にした時…
店のドアが開いた。
「いらっしゃ…」
そこにいたのは、小さい小さい女の子だった。
「沙璃さん…ごめんなさい…私…」
「蜜柑ちゃん…大丈夫、大丈夫だから座って」
…
初めてこの子がお店に帰ってくるときに『ただいま』と言わなかった。
「蜜柑ちゃん、大丈夫だからね。ゆっくりしていってね。」
あんなにいつも元気で明るい子が、こんなに小さく小さくなっている。
静かな店内に、彼女の啜り泣く声だけが流れる。
「沙璃さん…ごめんなさい、私だけが舞い上がっていたみたいです。」
「大丈夫だよ。」
「…私、買い物にいってアキラと待ち合わせの場所で待っていたら。アキラから電話があって…」
「うん」
「ごめん。今日はいけない。って言われて、」
「なにか急用?今日は一緒にSARIに行くからよろしくね。って言ったじゃん、なんで」
って聞いたら。
「別れよう」
って言われて。
「意味わかんなくて、頭真っ白になって、すっごい頭に来て、なんか悲しくなって、涙が止まらなくて、」
持ってる荷物置いて、アキラの家に走っていったの。
そしたら、アキラが
「ごめん」
って、
…
…
そこから、なんにも考えられなくなって。
ずっと泣くことしかできなくて
「私の事、嫌いになったの?嫌な所があったら直すよ。ずっと一緒にいたいと思ってる。って言ったけど」
「蜜柑の事は好きだけど、結婚とか子供とかは考えられない。これから忙しくなるし、この先もズルズルと蜜柑を俺の人生に突き合わせるのは悪い」
「別に、私は結婚しなくても、子供がいなくても、一緒にいられたらそれでいい。」
「ここで、終わらせないと。ずっとこのままだと思う。だから、ごめん。」
って、
…
「沙璃さん、ずるいよね、私の勘違いだったのかなぁ…。私が結婚とか考えなかったら、アキラの重荷にならなかったら、良かったかな。私がもっとアキラの事、考えてあげられたら良かったのかな?」
私がもっと優しくできたら、私がもっと可愛かったら、私がもっと働いてたら、私がもっと料理できたら、私が…私が私が…
「蜜柑ちゃん…そんな事ないよ。大丈夫、大丈夫だから」
「沙璃さん…」
うわーん
あんなに笑顔の子が泣いている。かわいそうに、私ももっとフォローできてらたら…
「沙璃さん、ごめんなさい、沙璃さんまで泣かないで。もっと悲しくなるから…」
いくつになっても、別れは悲しい。
それも、目の前で笑っていた2人の姿を見てきたから余計に…
「ぅうぅ…沙璃さん…乾杯したいです…お酒飲みたいです」
「わかった、今日は飲もう。とことん飲もう!」
「ありがどございまずぅ」
涙でクシャクシャになった娘とCAVAを開ける
「よし!蜜柑ちゃん、今日はスタートの日にしよう!蜜柑ちゃんのお祝いだよ!牡蠣グラタンも残してるよ!ケーキもあるし!食べよ!食べないと元気でないよ!」
「はい…」
グラスに注いだしゅわしゅわの気泡がパチパチ宙を舞う。
お皿に盛り付けた牡蠣グラタン
「…沙璃さん、おいしいです」
「たくさん食べて」
少しずつ、少しずつこの子が前に進めますように…
グラスに消える泡達
「…沙璃さん、おかわりしたい」
「今日は私がご馳走するから好きなだけ飲んでもいいよ」
この子がこの先これから、また大きな壁に直面しても立ち上がれるように…
「…沙璃さん…」
「ん?」
『お母さんって呼んでいい?』
「もちろんよ」
涙が溢れた。
「お母さん…」
「なーに」
「おしっこしたい」
「まったく!はい、立ってトイレは向こう」
「一緒にいく〜」
「はいはい、わかりました。」
…
…
この先、様々な出逢いがあると思う。
良い出会いばかりじゃないかも知れない、でもここで紡ぐ縁もあるはず。
この子のように、また笑顔で笑ってくれるように
…
…
午後5時50分
バタバタと店の扉が開く
「お母さん、ただいまー!ビールちょうだい!」
etc.
沙璃さんへ
私は今、沖縄にいて元気にしています。
最近、引っ越しをして3人の猫ちゃんと一緒にくらしています。仕事も慣れてきました。
また、シュワシュワを沙璃さんと乾杯できる日を楽しみにしています。
たまに、落ち込んじゃう日もあるけど…
沙璃さんに教えてもらった牡蠣グラタン食べて頑張ってます。
お母さんも元気でいてね。
必ず逢いにいきます。
酔っ払いの娘より。
金城蜜柑
verdeさんのCafe SARIのお話に勝手におじゃましました!
私の物語はたぶんフィクションです(笑)
verdeさん、砂男さん、いつか乾杯しましょうね〜!
ありがとうございました!