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瀬戸内の小径

広島県の呉市に、大崎下島という島がある。本土からは、幾つかの島が橋で繋がっていて、車を数十分も走らせれば着くことができる。この島で、二つの面白い町並みを見ることができた。一つは、御手洗(みたらい)地区と言って、江戸時代からの海運の中継地としての町並みが残っている観光名所である。もう一つは、大長地区であり、御手洗から車で数分の位置にある。大長には、島唯一のスーパーがあり、海側から扇状に家が広がっている。御手洗のように、はっと目を引くような建物や統一された町並みがあるわけではないけれど、大長には興味深い生活の香りが色濃く残り続けているのがわかる。

御手洗は、「絵になる」町だった。写真を撮るのが楽しい。

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丸ポストを前にして、淡い水色の木造建築が佇んでいる。その向かいには、年季の入った壁の家が建っていて、この空間を吸い込みたくなる。

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御手洗には、現在は廃校になっているのだろうが、学校の跡地がある。その近くで見つけた看板が面白い。ひし形なのも目を引くが、描かれた小学生の足が異常に長い。楽しい気持ちで学校へと駆けていく往時の面影を感じさせる。「文」と記号で学校を表しておきながら、その下に「SCHOOL」と英語をわざわざ表記するのも“粋”な気がする。この心和む看板は、いつまでも残っていてほしい。

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薄いピンクの家があった。これも可愛い。一見洋館風なのに、屋根は瓦で、日本的な装飾が施されているのが不思議に思う。今は人の気配を感じないが、外から見たところ、随分と広い家のようだ。手前のレンガは十字模様ができるように積まれていて、見応えがある。

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どこを見渡しても、木造建築ばかりだった。木窓が面白い家が何軒もある。瀬戸内・窓枠コレクションと言ったところか。わざわざ少し複雑なフレームにしているところが良い。生活とはそういうものだと思う。こんな窓を、天気のいい日にガラッと開けて、瀬戸内の風を浴びたい。三番目の窓は、ガラスが左下は赤で、右下は青になっている。なんだか、モンドリアンの絵画みたいだと思った。

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家が密集していて、路地を抜けた先に、海が覗いている。こうした光景に何度も巡り合っては、その度に足を止める。

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隙間から見える波の揺らめきの吸引力は凄まじい。チラリズムとはこういうことを言うのかな、と思ってみる。海の誘惑には抗えない。

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「乙女座」というもともとは劇場だったらしい建物は、細部に至るまでこだわりが見いだせる。重厚さと可愛らしさが共存している。御手洗は、ずいぶんと“ハイカラ”な町だったようだ。

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海に面した通りにあるこの家の正面には、「元滊」と書かれている。つまり元気のことだろうか。いずれにしても、快活そうな感じがして良い。


御手洗の散策を終えて、車を走らせて大長地区へと向かう。

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大長で初めて出会ったのが、この真っ白な家だった。木造の三階建てには、迫力がある。それにしても窓が多い。内部はいったいどんな構造になっているのか気になって仕方ない。

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かつての商店なのだろう、昔ながらの看板が目立つ一角がある。焼酎や日本酒の銘柄がいくつか掲げられているけれど、そうした酒にはあまり明るくないものだから、なんのことかわからない。地方でたまに見かける古い商店の佇まいには、はるか昔の賑わいが薄っすらと残っているようだ。人と人のかかわりが、そこにはたしかにあった。通りすがりの余所者だけれど、その名残りをせめて自分は記憶にとどめておきたい。

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この建物を一目見て、思わず「あっ」と声が出た。左側の石造りの部分と、右側の木造の部分がぴったりとくっついている。どういう作りをしているのだろう。石造りの方には、レンガの支柱のようなものが付いている。二つある窓の高さが違うところにも不思議な印象を抱く。住みたい、中に入ってみたい、そんな気持ちでいっぱいになる。誰がどんな意図で設計したのか、レンガや窓の位置の不揃いに意味はあるのか、疑問は湧き出てきても、当然、知る術はない。

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日本家屋の多い住宅街に不釣り合いな洋風の建物がある。見応えのある装飾に窓。こんな珍しい家が、なんでもないように路地に立っているのだから、つくづく面白い町だと思う。

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何気ない道が良い。どこか哀愁が漂っている。軽自動車でも通るのは難しそうな細い道。奥へ奥へとどこまでも伸びているようだった。海の方から潮風がやってくる。静けさだけが後に残る。

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思わず座りたくなる。歩き疲れていたから、本当に座りたい気分だった。もしかしたら、井戸端会議でも行う一種の社交場なのかもしれない。自分の家の前に椅子を置くなんて、ちょっと憧れる。

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Y字路。どちらに行くべきか迷うから困る。Y字路にもいろいろと種類がある。実は分かれた後にすぐ二つの道がまた合流していることはよくある。片方が階段になっていて、高低差のある場合もある。それに比べて、このY字路は典型的に思える。Y字路には、たいてい家が建っているけれど、そうした分岐点に住むというのはどういう感覚なのだろうか。道には流れがある。その流れが分かれる場所がY字路なのだから、特別な意味があるように感じる。


港町は、歩くのがとくに楽しい。今の生活があり、かつての生活の香りが残り、不可解な光景に出会うこともある。そこでは些細な発見がたくさんある。見逃されていくものたち、普通は気にも留められないものたち、ささやかで慎ましいものたち、それらに愛着を持ちたいと思う。

冬の日、瀬戸内の島にて

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