小田原紀行
このあいだ、小田原にはじめて行ってみた。
町田から小田急ロマンスカーに乗って小田原まで。ロマンスカーはもちろん、小田急に乗るのも、たぶんはじめてだ。ちょうど午後のいい時間で、せっかくだから、車内でお昼を食べたいと思った。町田にはJRで到着。JR町田駅から小田急町田駅までは、ちょっと歩く。いきあたりばったりだから、駅弁が売られているのかもわからない。どうしても駅弁が食べたい。無理ならコンビニ弁当でもいいか、と一瞬思ったが、やっぱりいやだ。ささいなことにこだわるわがままな性格なのだ。小田急の方に向かう途中のコンコースみたいなところに、おにぎり屋があった。こういうちゃんとした店のおにぎりが昔から好きだ。お昼はおにぎりに決定。梅とか五目を買った気がする。
運の良さにホクホクして、おかずも欲しいなあなんて呑気に考えながら、小田急の券売機へ。20分後くらいのロマンスカーの席を買った。まだ少し時間があると思っていると、駅の改札近くの階段から小田急百貨店に入れると判明した。よし、デパ地下で総菜を買うぞ、と意気込む。これもまた昔から、デパ地下が好きだ。いろいろな声が飛び交って活気がある。ショーケースの中の総菜はどれも彩があって、見ていて飽きない。あれこれじっくり思案する時間はなかった。デパ地下で目移りしていてロマンスカーに乗り遅れたら、全然面白くない笑い話だ。揚げ物の店で、たしか、鯛の串揚げとカニクリームコロッケを買った。ロマンスカーでデパ地下総菜を食べるなんて、わたしの感覚では、たぶん贅沢だと言っていい。我ながらいいことを思いつくなあと満足しながらホームへ急いだ。
ロマンスカーの車内はわりと混んでいた。みんな終点の箱根に行くのかな。箱根にも行ったことがない。町田から小田原までだと、それほど乗車時間は長くなかったと思う。おにぎりも総菜も美味しくて、車窓は気持ちよく晴れている。小田急の回し者みたいだが、ただの小田急初心者による小田急的楽しみ方なのだ。
小田原駅に到着。はじめての小田原だ、とはしゃいでいたけれど、ほんとうになんの知識もない。小田原城があることしか知らない。なにが名産なのかもわからない。だって、海が見たかっただけなのだ。駅前からは想像しにくいが、駅から少し歩けば海がある。それにしても、小田原の駅前は独特な雰囲気がある。観光地的要素と地元の生活要素が、3対7くらいの印象を受けた。ものすごく適当な比率を持ち出して適当なことを言っている。しかし、その雰囲気がよかった。海まで一直線に歩いて行ったものだから、本来、文章を書けるほど小田原を見ていない。それでも、なんのことはない、どこにでもありそうでどこか懐かしい光景に出会った。こういう本屋がどの街にもちゃんとあるんだ、と安心するような本屋。前を通っただけでいい香りのする蕎麦屋。記憶はそれくらい。少し、早歩きをしすぎたのかもしれない。
海沿いに高速道路が通っている。その割に走行音が全然聞こえなくて不思議に思う。そこに、高速道路の下をくぐる小さくて短いトンネルがある。通り抜ければ、すぐ海だ。水面は、深い青だった。久しぶりに海を見た気がする。波はずいぶん荒くて、調子に乗って波打ち際のギリギリを攻めてみたら、ちゃんとスニーカーがずぶ濡れになった。ギャーッと思わず声を出してしまったのだが、近くにカップルがいて、奇妙そうにわたしを見ている。気まずい。ひとりで海にはしゃいでいても、そこまで変な奴でもないのだから、あまり気の毒そうな視線を向けられると余計に気恥ずかしい。
海の空気は美味しい。集めて家に持って帰れたらな、といつも思う。町田の小田急百貨店、ロマンスカー、小田原の駅前の通り、それで海。全部でも2時間くらいの話だ。手軽に遠足気分を味わえて、「うーん、軽いお出かけの才能があるかも」と自惚れている。それでも、結局、小田原城も見ずに、足早に小田原を後にしてしまった。次は、ちょっとは知識を仕入れて、ゆっくり来ようと思う。
いかにも東京に住んでいる人間がふらっと小田原に出かけたかのような書き方だが、この時たまたま首都圏で用事があっただけで、地方在住なのである。