フィナーレ
物語を初めて書く時、最も強大な障害とは何だろう?答えは勿論、完結させること、である。この男はそれを見越して、意味を多重に重ねて、言い回しを空回し、物語がゴールに至ることをメタ的に妨害していたのである。難解になればなるほど、読者は物語を読み終える事が困難になる。難解になれば、なるほど、作者は説明に手を焼き、書き上げることが困難になる。
煙に巻き、他人も巻き込み、それでも運命の輪が回ることを止めるには、とうとう叶わなかった。終幕だ。
西ノ宮玖「我は西の門の護り手。我が名の元に汝を召喚す。汝の名は○○○○○○。」
言語化不可能な響きを伴い、空気が振動する。西ノ宮は手を拳銃のように形作り、バンッと撃つ真似をすると、そこから釘のような影が飛び出し、眼前の男を貫いた。
雷草太「お見事です。そしておめでとうございます。その名に相違ございません」
雷草太はその場に片膝をついて恭しくかしずいた。決着だ。
雷草太「いやはや。感服致しました。まさか人の身でここまで追い詰める者が現れるとは。期待以上、いや異常なほど、上手く行きました。因みに、私の魔法については?」
西ノ宮玖「破棄。だろ」
雷草太「素晴らしい!その通りです。データ消滅の一件は、此方も大変心苦しかったのですが…結果的にそれも無駄ではありませんでした。ありがとうございます」
西ノ宮玖「悪魔に倫理を問うなんて野暮だけどさ。滅茶苦茶しすぎだろ。普通自分の作品のファンの二次創作の作業データ、消しますか?他にもエグい罠あったし」
雷草太「蜂の罠のことですよね?もし、仮にあなたが登場人物に成り代わり、蜂として変化しようものなら、それこそ永遠に私の著作から出られなかったでしょうね。貴女は夢幻の蜂として、胡蝶の夢をさまようことに」
西ノ宮玖「飛んで火に入る夏の虫。表象と暗示を正しく捉え、理解すれば分からなくはない難易度だろう」
雷草太「それでも脅しにはなり得ます。むしろ其方が本命だった。このくらいの仕掛けはしてくるという警告。ホラー映画の鉄則です。怪物は正体不明でなければならない」
西ノ宮玖「アタシの断定はそういう曖昧だったり、不明だとか不定だとか多重存在だとかには滅法強い。釘打ち、杭打つ吸血鬼狩りさ。そういう意味じゃ、あんたも悪役としてうってつけの魔法だな」
雷草太「ハキ。破り棄てる。記録の破棄。詠唱の破棄。手順の省略。ルールの破棄。メタフィクションへの干渉。時間の巻き戻し。0を発って0に還る。振り出しにもどる。便利だよ。欠点は目立ち過ぎること。ラスボス専用みたいな魔法だ。強力だが、柄じゃないな。私は平和主義だし、ね」
西ノ宮玖「たしかにそれはそうか。何だかんだ始まりの彼女は死にはしたが、こうして生きてもいる。他の登場人物にも直接危害を加えた訳でもない」
雷草太「基本的には全て親の愛情のようなものだよ。子供の見せ場は作ってあげたいし、子供の自慢話なら何時間でも語れるよ。我が子が自分なりに思考し、導きだした結論なら、是が非でも尊重するつもりだ」
果たして目の前のこの男は、どんな姿なのだろう?ふと私は気にしてみる。老人?子供?男性?女性?そういえば、どのくらいの声の高さだっけ?どれも当てはまり、どれも当てはまらないような…
存在が霧散する
雷草太「やれやれ。漸く肩の荷が降りたな。暫くは羽を伸ばさせてもらうよ?構わないだろう?僕は使わないってだけで、透明化が出来ない訳じゃない」
西ノ宮玖「まあ、色々言いたいことは山ほどある。が、それはエピローグにとっておいてやる。とりあえずおつかれさん」
雷草太「ありがとう。私よ。きっと恐らく…いや、もう怖くはないな。貴女は私で、俺はお前…君なんだから。」
辺りは白くまばゆい光で塗り潰されていく。
あくまでも形式的な区切りとして。
物語は一先ず、終演に至ります。
さて。
残すところは敗戦処理のような
種明かしと大量の加筆修正、
解答をここまで読んでくださった方に
感謝の気持ちを込めてお送りするのみ。
それまでもうしばし、
ご歓談くだされば幸いです。