page 9 Story of 美月
「美月先生こんにちは−」
「あ、生徒さんが来る時間になってしまいました!」
アユちゃんの声を聞いてはっとした。
永遠「そうですよね。
突然うかがってすみませんでした。
けどお話出来て良かったです。
今度は連絡してからという事に…」
榊さんがポケットからサングラスを取り出した瞬間ドアを開けた1年生のアユちゃん
アユ「うそ!answerの、とわくんだ!
ねぇ、ホンモノ?」
永遠「シーね」
人差し指を口にあてた榊さんはサングラスごしにウインクしてからドアノブに手をかけた。
ほっぺたを赤くしたアユちゃんは
ふんふんと大きく何度ももうなずきながら
目をキラキラさせてる。
アユ「美月先生は、とわくんとお友達なの?」
美月「ええとね、お友達じゃないけどピアノの事で少しお話していたの」
レッスンが始まってもアユちゃんの質問攻撃は止まらない。
アユちゃんをこんなに大興奮させる程有名な俳優さんだったのに知らなくて失礼だったな。
「さ、お話はまた後でにしてそろそろレッスンの内容に戻ろうね」
…♪
――♫―――
――♪――
―――
♪…
臨時記号のシャープを落としたアユちゃんの演奏は不思議な音楽に聞こえる。
なんだか今の私みたい。
この家で一緒に暮らした旬くんが亡くなって5年が過ぎた。
年下だった彼を“旦那さん”と呼ぶ事に違和感を感じて、結婚してからも私はいつも“旬くん”と呼んでいた。
動く事をやめてしまった私の中の時計
この家とピアノが今の私の全世界だ。
ピアノに没頭する事だけに費やしたこの5年は、旬くんの居ない季節を5回過ごしただけ…。
最後の生徒が帰るのを窓から見送って、ふと綺麗なグラデーションの夕焼け空を見上げると 一羽の鳥が真っ直ぐ横切って行くのが見えた。
ふいに榊さんの生き生きとした瞳を思い出す。
あの瞳の輝きは海底から見上げる水面の反射の輝きのように感じた。
それは私にはとても眩しく思えた。