page 42 Story of 凪 8/26
永遠のピアノの先生の住む家は、緩やかな坂道を登った先に有る。
その道はまるで空へ続いていくような不思議な感覚になる。
カタッ…
永遠の車の助手席から降りて街路樹に縁取られた先のてっぺんから見下ろすと、家や街なんかが一望出来る。
そんな、ちょっとした夜景が広がるような雰囲気のいい住宅街だ。
駐車スペースに車を止めた永遠と玄関までの階段を上りながら、階段の一段一段に1個ずつ花が置いてある様子に気持ちが和む。
レンガ造りの家のインターフォンの軽やかなチャイム音。
『あ、はい…今開けますね』と少し慌てた声が聞こえた。
凪「こんばんは。初めまして…神島凪といいます」
ウッド調の重い扉がゆっくりと開けられ、姿より先に「お待ちしていました…」という小さな透明な声が聞こえた。
扉が大きく開かれた事で忍び込んだ夜風が彼女の前髪とスカートを揺らす。
俺の目と彼女の目が合った瞬間、
簡単に言うと時間が止まった。
リン…
…鈴の音、
強い風を纏う桜吹雪と共に
錦の着物、空を泳ぐ竜、琴と笛の宴、
そんな映像がまるで走馬灯のように
ありありと脳裏を駆け巡る。
「あ…」
「…あ」
二人、同じ瞬間にそう呟きながら互いに全て理解・共有し合った錯覚に落ちいる。
・
— 何だろう、この不思議な高揚感 ー
・
永遠「え、凪?」
背後から聞こえる永遠の戸惑う声に我に返った。
永遠「先生、今日はお邪魔します」
美月「あ…はい。今晩は。
今日はお忙しいのに来てくれてありがとうございます。こちらへどうぞ」
玄関のフロアのすぐ隣の扉は開いていてそこを覗くと大きなグランドピアノとチョコレートブラウンのピアノが見えた。
その室内は高い天井まで薄いブルーで造られていて、まるで空に浮かぶ空間のように見えた。
短い廊下をまっすぐに進むと、正面はリビングの入り口で、カチャリと開かれた向こうには、広い室内の天窓のから月の光が真っ直ぐ差し、
光の差す方角のテーブルに、沢山のオードブルが用意されていた。
永遠「え、これって全部美月先生が作ったの?」
美月「だったら凄いんですけど、ただ盛り付けただけのお皿も有るの」
永遠「すげ…」
「飲み物適当に買ったら、こんなに大量になってしまったんですけど、決して飲み会目的じゃないので…」と、持参したボトルの袋を、永遠に運べと渡した。
美月「こんなに沢山!、ありがとうございます」
ごく普通の会話なのに、至近距離で目が合うだけで不思議な感覚になる。
凪「…あの、」
永遠が飲み物を置きに行った隙に話しかけた。
美月「はい」
凪「俺たち、」
美月「はい」
凪「会った事、有りますね」