24杯目
このホテル自体がラウンジ中心の構造に造られてるからって理由なのも有るけど、ホテル関係者内ではちょっと有名だった毎週現れる“窓際姫”が、ピアニストにチョコレートを渡した瞬間の周りの注目度って言ったらそれは物凄かった。
俺達1階のベルボーイは、もちろん、事情を知ってるホテル関係者は皆、固唾を飲んで状況を見守った。
彼女の行動に思いを巡らせる。
決着、着けたいんだろうな。自分の気持ちに。
箱をピアノにそっと置いた彼女は、いつも降りる階段に向かって歩いて来なかった。
反対の方向に視線を向けて、通路を真っ直ぐ突き抜けて歩いて行った。
2階踊り場に向かう階段を上るワンピースが思わせ振りに揺れる。 そのワンピースの白が揺らめきながら向かう先をただ黙って見守る。
あっちは宿泊ルーム…
「部屋で待ってる」って、多分あの箱の中にそんなメッセージが入ってるんじゃないのか?
部屋を取ったのは彩人ときちんと向き合って話をしたいからだろ?
2人の間に何が合ったのかは知らない。けど、先へ進もうとしてるのかなと思う。
動きの止まったフロアで、彩人だけが動きを止めないで弾き続けてるのが異様だった。
いつしかザワザワと会話が動き出した会場を無視して、演奏した。
さっきの出来事が談話と共に流れて紛れていく…
・
イベントが終わって、譜面を片付ける彩人の支度が、あまりにもゆっくりに見えて苛立つ。 カッコつけてないでその箱、早く開けてやれよ。 ラウンジに客がいなくなった所を見計らって、さっき彼女が上った階段を一段ずつ噛み締めるように俺は上がった。
…コツコツ、
階段を上ったら窓の方に体を向けた彩人の背中が見えた。
沢山の人からの贈り物なのか、チョコレートの箱がピアノの横に置かれている。
涼「彩人…」
彩人「ああ、涼、」
振り向いた彩人の手にさっき彼女から渡された箱が握られてた。
開けられたその箱からルームキーが見えて頭に血が上るのが自分でも解った。
涼「あのさ、」
彩人「うん」
涼「随分、ゆっくりしてんね、」
彩人「ぇ…、」
涼「あの人がどんな気持ちでそれ渡したのか分かる?」
彩人「……」
涼「みんなが見てる前でそれ渡しに行く気持ち、お前に分かんのかって聞いてんだよ!!」
彩人「っ…」
涼「1年間だぞ!!」
彩人「涼…」
涼「1年間、ずっと彩人を見てたんだよ!!」
彩人「涼…お前…、」
涼「行ってやれよ!!」
彩人「涼、」
涼「行けっつってんだよ!!早く!!」