20杯目
俺がそもそも、ベルボーイのバイトをしようと思ったきっかけは、ハーモニーホテルの空間に気持ちが惹かれたからだった。
ホテルスタッフの求人募集を見つけて、何となく受けに来たバイトの面接だった訳だけど、
このドアを開いた瞬間、別の世界に来たような気がして、息を飲んだ。
みんな日常とか毎日の色々を抱えて生きてるけど、時々、そこから抜け出したくなる事が誰しもが有って…
このホテルの扉を開いて、足を一歩踏み入れると、その先に広がる広い空間がまるで異次元に感じた。
オレンジ色のランプの光や、広々とした空間に包まれる感じに一瞬で癒された。
その案内人であるベルボーイって、いいなって思った。
この場所に来て下さるお客様に、日常を忘れて楽しむ扉を開く役目である訳だから、自分なりの最高の笑顔とサービスで迎え入れようって心に決めてる。
でも、どんなに笑顔を向けても哀しい目で俺を見る子に出会った。
涼「いらっしゃいませ」今日もまた彼女は現れた。
美咲「…」
扉から入って来た彼女は硝子のような瞳をしている。
今日はバレンタインデー。綺麗に着飾ってるのに、何故そんなに哀しい目をしてるんだろう。
涼「えっ…」
目の前の彼女は、立ち止まってお辞儀をした。
その瞬間、ここに来るのは今日で最後なんじゃないかとハッとする。
1年間1度だって俺にリアクションしなかったじゃないか。
どうしたんだよ。やめろよ。
覚悟を決めたその行動に、胸が締め付けられそうになる。
ゆっくり顔を上げた彼女は、俺をすり抜けて、後ろのロビーカウンターまで歩いて行った。
受け付け?
宿泊か?
何の為に?
階段の大理石を歩く足音がコツコツ音を立ててフロアーの背中ごしに消えて行く。
やめろ。
行くな。嫌な胸騒ぎがする。
俺には何が出来る?
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