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28杯目
ーー♪
切れた息と、震える指先でチャイムを鳴らしたけど、美咲が開けてくれるのを待たずにルームキーでドアを開けた。
「美咲…」
窓からの眩しい逆光で美咲の表情がよく見えない。
「…彩人君」
花の香りに包まれて、思考が上手く回らない。
彩人「久しぶり。 元気だった?」
美咲「…うん」
彩人「いや、久しぶりっていうのは、向き合わうのが久しぶりって意味で…
演奏いつも聴いてくれてありがとう」
美咲「気がついてくれてたんだね」
彩人「初めからずっと知ってた」
段々逆光に目が慣れて、表情が見えて来た。
美咲は涙で濡れた頬を、指でぬぐいながら笑ってる。
彩人「それにしても、凄い部屋取ったね」
美咲「ふふっ、私も初めてのスイートルーム。
思い切ってこの部屋にしたの。 入って…」
質の良い絨毯に、足音が消されて行く不思議な浮遊感を感じながら、部屋の中央に配置されたソファーまで歩く。
小窓に灯るランプのオレンジ色と、夕日の色がインテリアの色を艶やかに演出し、どこか切なくて懐かしい気持ちになった。
美咲「来てくれてありがとう。
正直、来てくれないかもしれないって…」
美咲は涙で声を震わせた。
美咲「今日はね、彩人君に話したい事が有るの。
すごく長くなるかもしれない」
彩人「うん。俺も話したい事、聞きたい事がいっぱい有る。まず俺から質問していい?」
美咲「うん」
彩人「結婚…したって話は本当?」
母親から“入籍する”と聞いた時から、美咲の情報が途切れていた。
美咲「この先どうしたらいいか…って悩んでた時に、幼馴染みから結婚しないか?って言われて…
それを理由に家庭教師のアルバイトを辞めさせてもらったんだけど…和希とは結婚出来なかった」
彩人「それは、どうして?」
美咲「それは…」
結婚しなかったって…それを聞いただけでホッとして身体の力が抜けて行く。
美咲「彩人君を…本気で好きだから」
美咲は“本気で”っていう言葉に、心の中の想いを全て込めるように言った。