30杯目
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この一室の空間を震わせるピアノの音色は、過去と今を混じ合わせて繋がった。
俺は演奏しながら、そんな初めての感触を味わっていた。
机の隣に座って数学を教えてくれた頃の美咲の笑顔や、自転車の車輪の回る音、雨上がりの匂い…秋の冷えた空気…そんな様々な感触が、どんどん流れて来ては消えて行った。
美咲「あの時私がリクエストしたのは、作品番号9-2のノクターンだったよね。
覚えててくれて…弾いてくれて嬉しい…
本当にありがとう」
すっかり暗くなった部屋は、ランプの灯す光を一層明るく際立たせている。
美咲「実は私、この曲を少しだけ練習してみたの」
彩人「へえ…」
「ねえ、弾かせて」そう言った美咲は、俺と代わってピアノの椅子に座った。
緊張した指先で1音1音、ゆっくり鍵盤を探って
初めのメロディーを弾いた。
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後ろから見る真剣な細い肩と背中に、無性に感動して居ても立っても居られなくなる。
もう会えないと思ってた美咲に、今、こうして会えていて…
彩人「奇跡みたいだ」
気付いたら身体が勝手に後ろから抱きしめていた。
驚いた美咲の指先の1音だけ鳴らすソの音が
空間に伸びやかに響く。
ふふっ、
美咲「でしょ?、小3レベルのピアノの技術で
ここまで弾けるって…ホント奇跡的」
彩人「違う。先生として出会えた事が奇跡。
こんなに好きになった事が奇跡。
美咲とこうしてまた会えた事が奇跡」
前に「人が生きる理由は何なんだ」と思ったけど、誰かと出会う事、笑い合う事、
毎日紡ぐささやかな日常全てが奇跡なんだと知ってくのが、もしかしたら“生きる理由”なのかもしれない。