て、いうかそれ老化ですから
認知症の診断、その後の相談支援をしている。最近目立つのは、超高齢の親を認知症かどうか調べてほしいという依頼だ。どのくらい高齢かというと
98歳 とか
そんなレベル
「何食べたか忘れてる、新しいことが覚えられない、活気がない」
という家族の主訴。
いやー、、、まあ、なんていうか
98歳で一人暮らしできてるだけすごいんじゃないかな
「暑くても冷房つけない、水分取らない」
うん、、、年取ると体感鈍るのよ、あと喉が乾かなくなるんだよね
「本を読まなくなった」
老眼だしね
「何回ゆっても聴いてない」
耳、遠くなるんだよ
「スマホの操作が覚えられないんですよ」
・・・。うん
「これって!認知症ですよね!!!!」
ちがいますよーーーーーー!!!!!
親に対する期待値がいつまでもバブ(お、ごめんなさい)。
特に息子が母親に対するこれが散見します。
お母さん大事にしてるのはいいことなんだけど、お母さんはずっと僕の小さいときのお母さん!!って感覚はもうやめたげて。
年を取った状態、身体的な老化を受け入れられず認知症と診断して欲しがる家族も多いです。認知症でも老化でも環境調整と家族の受容が必要なのは同じですよ。それなら、超高齢者に精密検査みたいな大変なことを強いるのはどうかと思うんですよね。認知症ってわかったところで、
で!?ってこと。
社会がやたらと認知症を盛り立ててますけど、(障害者しかり)それを、今目の前に起こってることをありのままにとらえて何が必要か、よく考えること
今の社会に必要なのってそうゆうこと
あ!!そんなこと言ったら商売あがったりなんだけどね