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文字書きさんに100のお題 026:The World

天国の階梯

 ある画家の話だ。
 画家はヌードモデルをしていた母のもとに生まれた。母にいらない子供と言われて育った。
 画家は売れない画家になった。職業がそれしか思いつかなかったのだ。極貧で酒浸りの画家は街を描いた。モデルに払う金がなかったので、画家は街の汚れた漆喰の壁を描いた。
 画家の絵には、高く上る階段や、冬枯れの並木が遠くに続く街並みが写し取られた。画家は街にイーゼルを立て、酒を飲みながら絵を描いた。汚れた漆喰の壁を描く画家に興味を持つ者は誰もいなかった。
 画商が画家の絵に目をつけた。薄い青色の空に蟻のような人の後ろ姿が描かれたその絵を、画商は画家に一ヶ月分の酒代を渡して買い取った。
 画家の絵は高く売れた。街の空気を塗り込めたその絵は、金持ちの客間に飾られた。絵が高く売れたと画家は喜んで街並みの絵を描いた。画家は日々の酒代に困らないようになり、今よりも瀟洒なアパートへ引っ越した。
 画家の絵は粗雑で平坦になった。画家は孤独だったころには描けていた空気が描けなくなった。
 それでも画家の絵は売れた。絵はますます観光地の絵葉書のようになっていった。画家は二度と空気を描くことができなかった。世界へ繋がる階梯への道筋を、画家は失ってしまったのだった。

First Edition 2021.4.2

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