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文字書きさんに100のお題 033:白鷺
恋のつづき
芳樹(よしき)は休日出勤のために新幹線の上りに乗車していた。
クィアコミュニティのサークル仲間と一泊二日で山登りに行った。ゲイやトランスジェンダーの人たちが集まって、懇親会として夜中にキャンプファイヤーをした。芳樹は急に仕事が入り、恋人の一沙(かずさ)を置いて先に東京へ帰ることになった。
日曜日の新幹線は、新型コロナの影響で埋まっている座席が少なかった。二人席の窓際に腰を下ろして、駅で買った卵サンドを食べる。
キャンプファイヤーは小学校の林間学校以来だった。木の枝に大きなマシュマロを刺し、一沙と焼いて食べた。一沙は甘いものが嫌いだったが、その場の雰囲気に呑まれたのだろう。焼いたマシュマロをおいしいと言って食べていた。
一沙と付き合って、三年になる。芳樹のサークルでは、自治体に同性婚を認める嘆願書を出していたが、自治体では何の動きもなかった。芳樹は漠然と、パートナーになるなら一沙がいいと思っていたが、キャンプファイヤーの火が消えかけたとき、心のなかに黒い不安がよぎった。
今まで芳樹は、特定の人間と三年間付き合ったことがなかった。キャンプファイヤーの炎が燃え尽きるように、自分はいつも必ず、相手への思いが消え失せてしまうのだった。
結婚という儀式があれば、恋愛の期間を過ぎても惰性で付き合えるのかもしれない。が、今の自分たちに結婚という制度はない。男女であれば結婚のあとでも出産や子育てなどのイベントがある。それがない自分たちは、恋愛の季節を通り過ぎたあと何に頼って関係を続けていけばいいのだろうか。
芳樹は新幹線の走行音が少し変わったことに気づいた。鉄橋に差し掛かっていた。眼下には、流量の少ない川が見える。
河原から一羽の鳥が舞い上がった。白鷺だった。白鷺は空へ舞い上がると、川を横切って対岸の河川敷のほうへ飛んでいった。
白鷺が群れで飛んでいるのを見たことがない。芳樹は食べかけの卵サンドを備えつけのテーブルに置くと、通り過ぎていく鉄橋を振り返った。
白鷺はいつも川べりに孤独に立っていた。自分は白鷺のようにひとりで毅然として生きていけるのだろうか。芳樹は窓枠に頬杖をついた。自分には無理であるように思えた。
以前よりは心が浮き上がらなくなった恋に、どのような続きがあるのだろう。芳樹は、キャンプファイヤーの残照を目の裏で感じながら、自分がすこし疲れているのだろうと感じた。
First Edition 2021.4.6