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文字書きさんに100のお題 067:コインロッカー

CUBE

 ルービックキューブを覚えているだろうか。立方体のパズルで、六面に違う色が塗ってある。キューブが縦横に回るようにできていて、一度形を変えると、一面を同じ色に揃えるのもむずかしくなる。昭和の後半に一時期流行した。六面の色をふたたび揃えるタイムトライアルも行われた。
 ルービックキューブの面を同じ色に揃えるには、ルービックキューブの構造を理解するのが早道だ。が、構造を実際に考えることは容易ではない。ふつうの人はただ闇雲に面を一色に揃えることだけを考える。
 構造を考える。言葉で話すのは簡単だが、なかなかできていないそれを、ぼくはコインロッカーの前で考えて途方に暮れた。僕の目の前に、駅のコインロッカーが延々と並んでいる。どこに荷物をしまったか忘れて、思いだそうとしている。手にナンバーが書かれた鍵を握っている。コインロッカーはルービックキューブのように、くるくると入口を呑み込んで静まりかえっている。
 自分が荷物を入れたロッカーは正方形で、下に細長い長方形のロッカーがあった。
 細長い長方形のロッカーを探して、目星をつける。これで候補が百個くらいになった。
 ナンバーを見ながら、ロッカーを絞り込む。
 ロッカーは扉で区切られた空間で、ぼくたちは区切られた空間をレンタルしている。マンションと同じだ。マンションも区切られた空間をレンタルしている。そして空間に繋がる鍵がひとつずつ用意されている。どこにも嵌まるマスターキーは、管理人しか持っていない。
 ぼくの荷物を引き出せるのは、ぼくか管理人だけだ。管理人がぼくの荷物を奪っていく可能性もある。ぼくのマンションに隠された死体を管理人が見つけたように。
 ぼくはロッカーを見つけるのをやめた。いずれぼくは追われて捕まってしまうだろう。凶器の場所を警察は聞くだろう。ぼくは今すぐにロッカーの鍵を捨てて、ロッカーの中身をぼくから切り離さなければならない。
 ロッカーのあれだけは、誰にも見つからないよう隠しておくべきなのだ。
 ぼくは足早に駅のロッカーの前を去っていった。ぼくの心のなかに恒星のように光っているあれ。警察もぬいぐるみが凶器だなんて思わないだろう。ぼくの子供のころからの友達だった。ぼくがいずれ捕まったとしても、あれだけは自由でいてほしいのだ。
 パトカーのサイレンが聞こえる。そろそろぼくは逃げられなくなるだろう。鍵を隠す場所を考える。ルービックキューブのようにくるくると入口を隠してしまうところがいい。
 ぼくは公園の木のうろに鍵をしまった。荷物が管理人に取り出されるまでのあいだ、ぼくは自分をどこかに隠さなければならない。
 山谷のドヤ街の臭いマンションへ紛れ込もう。ぼくは手についた土を払うと、立ち上がって公園を歩み去った。

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