2023 東京漂流 その5
赤坂
赤坂から国立国会図書館へ歩く。
赤坂見附の雑然とした飲食店を抜けて、赤坂見附の駅の向こう側へ出る。広い道路を渡って、ビル沿いの上り坂を上がっていく。
ビルの狭い庭に、桜が咲いていた。箱庭のような細長い小さな庭に、ベンチが置かれている。
坂の途中、日比谷高校の校舎を左に折れると、二三メートルの大きさの旗が飾られた、二階建てほどの大きさの領事館に出る。
メキシコ領事館だ。
コンクリートの壁が赤く塗られ、塀にサボテンが植えられている。
リュウゼツランかしらと思いながら、マンションのガラス扉に赤い壁の残像がうつるのを見ている。
坂を上ると、ひらけたオフィス街へ出て、政府の建物が並ぶ落ち着いた一画へ出る。参議院の建物や議員宿舎、自由民主党の建物など。
広い道路で、渡るのに苦労する。
自由民主党の前では警官が数人、木刀を持って警邏している。
朝の出勤時で、センチュリーなどの黒塗りの車が数十台塀のなかの駐車場に並んでいて、女性の声で役職と議員の名前が連呼されている。
あまりいい空気ではないなと思いつつ通り過ぎる。
国会図書館の前に出る。出勤の人々が図書館の裏口に吸い込まれていく。
国会図書館の横に桜が咲いていて、私が以前来た三十年前とさほど変わらないようすで繁っている。高さが調節されているのだろう。
時間つぶしのためにオフィスビルのコーヒーショップで朝食を食べる。チーズワッフルと牛乳を頼む。コーヒーショップに出勤前の人々が休憩しながらコーヒーを飲んでいる。
静かで落ち着いた、茶色を基調とした一画だ。のんびり朝食を食べてストア派のKindleの本を読んで、国会図書館へ戻ろうと立ち上がる。
国会議事堂の近くにタイルで作られた目の看板が屋上に施されたビルがあり、あー自由な石工関係かなと通るたびに思う。
『二十世紀少年』のともだちのロゴみたいなものと思っていただければ。
国立国会図書館
別の日の話だ。
国会図書館へ行く前に、ランニングカフェに寄る。
皇居を走るランナーの拠点となる場所だった。私がカフェだけで使えるかと聞くと、大丈夫だと言われる。コーヒーを頼むと、丁寧に耐熱のブラウンのグラスで淹れてくれた。
店内を眺める。貸し靴と貸しウェア、会員用のアミノ酸の飲料やプロテインバー、そして更衣室とシャワー室がある。カフェは十数席ほど。金属製の荷物入れにリュックを入れ、コンクリートの柱の陰に座って本を読む。誰もいなくてとても居心地がいい。
天井はコンクリートの打ちっぱなしで、剥き出しのダクトが黒く塗られている。
しばらく朝日で背中を温められながら本を読み、肩の筋肉をほぐす。平野啓一郎さんの小説についての本だった。深い小説の読み方に耽溺する。
会計をしようと席を立ち、四百円ほどのコーヒー代を払おうとすると、現金が使えないと店員に言われ驚く。
ペイペイのチャージができるかと聞くと、身分証を登録していたらと言われる。
D払いのアプリをスマートフォンにインストールし、アプリのバーコードをお店のリーダーで読み取ってようやく会計を済ませる。どこの田舎者かと思われただろう。まあそんなものだが。
店を出ながら、こうやってデジタルになっていくんだな、こうやって社会からはじき出されていくんだなと実感する。いい経験だった。都会で金を払えずに動けなくなる可能性もあるのだと気づけてよかったかもしれない。
D払いのアプリはすぐに消した。ようやくキャッシングの意味がわかって納得はしたが、スマートフォンに悪用されるものを入れておくのはごめんだ。