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69/100 月も星も落とす

文字書きさんに100のお題 052:真昼の月

月も星も落とす

 恋人が男に身体を売っていると気づいたのは、僕の部屋に切った爪が落ちていたからだった。
 掃除をしているときに、鋭利なものを踏んだ。拾い上げてみると、切った足の爪だった。恋人のようにきゃしゃではなく、たぶん僕のものでもない、足の爪。四角いがっちりとした親指を持った人物に、僕の胸がジリッと焦げる。
 稼業から足を洗わせたのは僕だった。最初は僕も恋人の客だったけれども、彼女と恋人になってからは、他の人とは寝ていない。寝る必要がなくなった。
 僕と暮らすようになってから、恋人は仕事でセックスをしなくなってせいせいしたと言っていた。僕との行為は愛情。そのはずだ。でもときどき、彼女のそれが愛情なのかサービスなのかわからなくなる。かつて恋人を買っていたという後悔が、僕の頭に暗い霧をかける。
 足の爪を見下ろして、この男とはサービスだったのだろうかと考える。彼女はどんな気持ちでこの男と寝たのだろう。僕がいながら、なぜ他の男を家に引きずり込むのだろう。欲しいのは愛情かサービスか。僕の愛情では足りなかったのか。考えが頭のなかでもつれていく。
 次々と男と寝ずにはいられない女がいて、その友人が、「あの子はほんとは愛情が欲しいのに、周りはそうは見ない。悲しいことだね」と言っていた。
 恋人もそういう女なのだろうか、考えたくない疑問が、胸から黒々と湧き上がる。苦しい。毒の空気を吸っているみたいだ。
 しばらく迷って、爪をゴミ箱に捨てた。僕はそういう女を愛したのだ。疑念で胸が詰まるのを、無理に押さえつける。
 僕は掃除機のスイッチを入れた。床に掃除機を滑らせながら、この爪が新月のようだと考える。
 真昼の空に取り残された、細い爪のような新月。気に留めるほどの存在ではないけれども、確かにそこにある。ゴミ箱の底で存在を主張するそれに、僕は空から月も星も落としてしまいたいという衝動にかられた。

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