55/100 やぎさんゆうびん
文字書きさんに100のお題 044:バレンタイン
やぎさんゆうびん
二月十四日に友井と遊佐はふたりともチョコレートを貰えなかった。
「今年こそはと思ったのに……姉ちゃんにまた笑われる」
「俺も姉ちゃんが怖えよ」
年子の姉に虐げられているという共通点で友達になったふたりは、高校の帰り、ショッピングモールのチョコレート売り場にいた。
「や、やっぱやめようぜ」
友井が遊佐のブレザーの制服の袖を引っ張る。
「お前が来るって言ったんだろ」
何としてもバレンタインのチョコレートを手に入れたいふたりは、閑散としたチョコレート売り場の入り口でもじもじしていた。
「大丈夫だ友井、俺たちはただチョコレートを買いに来ただけだ」
「でも俺たち、すごく浮いてない?」
「気のせいだ」
遊佐があらかたチョコレートが売れてしまった売り場へ突進していく。友井が口元を押さえて後を追う。
「意外とチョコレートの匂いがしないんだな」
遊佐がガラガラになったチョコレートの棚を見回しながら言う。
「もう売れちゃってるよね。当日だもんね」
友井がいたたまれないとでもいうように肩をすぼめる。
「まだあそこにあるぞ」
遊佐が金色に輝く売り場の一角へ歩いていった。海外のチョコレートメーカーのブースだった。
「高くね?」
遊佐が見本のトリュフを見てのけぞる。
「だから売れ残ってるんだろうよ」
友井は見本と金色の箱を見比べると、いちばん小さいトリュフの箱を手に取った。
「友井、それ買うのか?」
「家に持ち帰って自慢する」
悲壮な顔つきでレジへ向かう友井の後ろ姿を見て、遊佐も同じトリュフの箱を掴んでいた。
ふたりで並んでレジで会計を済ませる。
小さな紙袋を下げたふたりは早足でチョコレート売り場を離れると、同時に立ち止まって深いため息をついた。
「友井、レジのお姉さんの顔が冷たくなかった?」
「笑顔が怖かったよね」
「でも無事チョコレートはゲットしたから、偉かったよ俺たち」
「そうだね」
力ない笑みを浮かべる友井の目の前に、遊佐は白い紙袋を突きつけた。
「やるよ」
「何で?」
「自分で買ったのより、人から貰ったほうがよくないか」
友井の笑みがみるみる悲しげなものに変わる。
「じゃあ遊佐は俺のを持って帰って」
ふたりはチョコレートの紙袋を交換した。浮かない顔でショッピングモールを出て行く。
「……バレンタインなんか、なくなっちゃえばいいのに」
帰り道にぼそりと友井が呟くのを、遊佐がちらりと見下ろした。
「だな」
友井が家に帰ると、先に帰っていた姉から「おかえり」と迎えられた。
「あ、チョコレート。誰から貰ったの?」
「……初めて本命から貰ったのに、思いきり義理だった」
友井が姉に白い紙袋を渡して二階へ上がっていく。姉は肩を落とした友井の背中に「そういうこともあるよ」と優しげな声をかけた。
遊佐が家に帰ると、姉が紙袋の高級チョコレートのブランド名をめざとく見つけた。
「やっと本命から貰えたの?」
「俺があげたら、思いきり悲しそうな顔をされた」
「男から貰いたくなかったんじゃない?」
「だろうな」
遊佐は姉に白い紙袋を渡して二階へ上がっていった。姉は白い紙袋を目の前に掲げて、
「じゃ、これは何なんだよ」
とふしぎそうに首を傾げた。