61/100 夜を乞う人
文字書きさんに100のお題 079:INSOMNIA
夜を乞う人
光に愛された男がいた。
その男には夜がなかった。夜の闇のなかでひとりだけ、男は恒星のように光っていた。
男は目を閉じても眠ることができなかった。ベッドに横たわって光る両手を目の前にかざしてみると、指の関節の皺や指のあいだから落ちる陰までくっきりと見えた。
男は夜から切り離されていた。
子供のころはひとりでベッドに取り残されるのが寂しくてならなかった。
半身を起こして涙を流すと、涙がぽつりぽつりと掛け布団の上に星のように落ちた。
涙はゆっくりと滲んで、遠ざかる星のように消えていった。
涙だけが夜に許されたような気がした。
男は眠れない孤独に慣れていった。
大人になった男を少年が訪ねてきた。
「いっしょに眠ってもらえませんか」
少年は、男の噂を聞きつけて遠い街からやってきたという。
「ぼくは夜が怖くて眠れないのです」
男は、灯りを付けて眠ればいいと少年に言った。
「灯りを付けても、夜はぼくを脅かします。あなたが隣にいれば、深く眠れるようになるかもしれません」
少年の目元には、熱で乾いたような皺ができていた。
「昼間寝ても、満足に眠れたことがありません。頭がぼうっとして……一晩でいいので、泊めていただけませんか」
少年の充血した目に促されて、男は少年を部屋に招き入れた。
夜が訪れた。
男の狭いベッドに、少年は用意してきた格子縞のパジャマを着て横たわった。
男の胸に額を付けるようにして、少年は膝を抱えて丸くなる。
布団の隙間から風が入り込む。自然と少年を囲むような体勢になる。
少年は浅い眠りに飲み込まれたようだった。
また夜のなかへ取り残されてしまった。
男は少年のかすかな呼吸の音を聞きながら、長い夜をやりすごすために目を閉じた。
頭のなかで映像が回り始めた。
男はサバンナを疾走する豹を見ていた。豹は暮れていく太陽を追いかけるように西へ西へと走っていた。
遠くに雪をまとった大きな山が見えた。夜になっても、豹は衰えを知らぬ足取りで走り続けていた。
二度と偽りの朝に惑わされぬよう、地上の一点を目指して。
豹は太陽が地面に落ちる場所を探していた。
男が目を開けると、朝の白い光が部屋に射し込んでいた。
少年は男の胸のなかで静かな寝息を立てていた。
豹の結末を知っている。
豹は山の頂上で凍えて死んだ。子供のころに読んだ小説の一節――あの豹は、自分であったのか。
少年が身じろぎをして目を覚ました。少年は幸せな夢にまどろむようにかすかな笑みを浮かべた。
「よく眠れました。いくらでも眠れそうだ……」
「私は変な映像を見たよ」
少年は眠ったまま首を傾げた。男が豹の話をすると、少年は驚いたようにぱちりと目を開いた。
男の目を見上げてささやく。
「それはね、夢っていうんですよ」