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56/100 お母さん休暇

文字書きさんに100のお題 045:年中無休

お母さん休暇

「私今日休むわ。卯月、家事やって」
 仕事がお休みの朝、布団から抜けてきた美幸(みさち)さんが寝ぼけ眼で言った。
「どこか悪いの、熱ある?」
「どこも悪くないけど、今日は休む」
 きっぱりと言って、美幸さんは布団を敷いた部屋へ戻っていった。ボイコットか、と私は首をコキコキさせながら考える。
 今日は日曜日で、私も高校が休みだ。私は朝食を作って食べると、掃除機がけをした。
 お父さんが星になってから、美幸さんはひとりで私を育てている。おじいちゃんたちが美幸さんに男の人を紹介しても、美幸さんはまったく相手にしなかった。
 ――家族は卯月ひとりで充分。
 美幸さんは私のお母さんではなくて歳の離れた友達になりたいのだという。
 だから私にお母さんとは呼ばせない。ちょっと頭の回路が変わっている人だ。
 お母さんと呼ばせなくても、美幸さんは私のお母さんを年中無休でやっている。
 だから今日みたいに息抜きが必要なのだろう。
 私がトイレ掃除を終えて居間でカモミールティーを飲んでいると、跳ねた髪を掻き回しながら美幸さんがやってきて、私にもそれ淹れて、と言った。
 私がキッチンへ立つと、美幸さんは私のエプロン姿をじろじろと見ながら、
「卯月ってきもちわるい」
 と言った。失礼な発言だ、と私はカモミールのティーバッグを摘まみながら思う。
「卯月くらいの年頃って、親や先生に反抗してナンボでしょう。卯月はいい子すぎてきもちわるい」
「じゃ、カモミールティーいらない?」
「いる」
 私はポットからマグカップにお湯を注ぐと、カモミールの黄色い色がお湯に染み出すようすを眺めた。
 子供が反抗できるのは、きちんと親がいる家庭だ。家がしっかりしているからこそ、子供は安心して反抗することができる。
 私が反抗したら、美幸さんの負担になってしまう。私は、私の学費のために一生懸命働いている美幸さんのお荷物になりたくなかった。
 美幸さんにマグカップを渡す。美幸さんはパジャマ姿でマグカップをふうふう吹きながらカモミールティーを飲んでいる。
「私がわがまま言ってるんだから、卯月も言いなよ」
 美幸さんはカモミールティーを啜りながら首を傾げた。
「大人になってから「あのとき言うことを聞いてくれなかった」って言っても遅いんだからね」
 美幸さんは私が無理をして美幸さんの言うことを聞いているのではないかと思っている。
 親子なのに互いに気を遣っているのかもしれないな、と私はカモミールティーのまろやかな湯気を顎に当てながら考える。
「じゃ、今日のお昼はお好み焼きにする」
 私が宣言する。お好み焼きなら、ホットプレートでふたりで焼けるだろう。
「材料買ってくるから、お金ちょうだい」
「わかった」
 美幸さんはカモミールティーを飲み終えると、お財布を取りに行った。
 私は無理をしていい子をやっているわけではない。たまたま悪い子になるような欲望がないだけだ。
 それとも私は知らないうちに自分を抑えつけていて、大人になってから美幸さんに反抗するのだろうか。
「好きな具を買ってきな」
 美幸さんが私にお金を差し出す。
「じゃ、めんたいことおもち」
 おもちが嫌いな美幸さんが顔をしかめる。
「チーズにしない?」
「じゃ、おもちとチーズ」
「わがままを言えと言ったのは私だった。買ってこい、好きなだけ買ってこい」
 美幸さんが腕組みをして頷く。
 わがままってこんなことでいいのだろうか、と思いながら、私はマグカップを片づけて家を出た。
 ビオラの花が咲く歩道をゆっくり歩きながら、私はいつか美幸さんが聞くことのできないような大きなわがままを言うようになるのだろうかと考えた。

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