果てるまで聞く
過去に二度、電話でセックスをしたがる男にあたったことがある。
ひとりめは青森の訛りがとても強いひとで、なにを話しているかがわからないことがよくあったので、なるべくメールのやりとりをしていた。
ある日、電話してもいいか?とその人が言うので
いいよ、と電話を待ち、出ると、
時すでに始まりだった。
荒い鼻息と、口から漏れる呼吸の音。
ひとりで「はあはあ」言っている。
なに?と聞くと、電話でしようと。
何を言ってるかわからなかったので、改めて聞くと、電話でやりたい、と。
何をだ。
わからない、と答えると
今ひとりでしているから、そちらもしてほしいとのこと。
なんでだ。
聞きたくもないし、何もするつもりはないと言うと、激昂した。
ただ、何を言ってるかがわからなかった。
ひたすらに怒鳴っていることしかわからない。
静かに電話を切り、友人に電話をかけた。
「あなたのバイト先の先輩、やばいよ」とお伝えしておいた。
もうそのひとから連絡がくることはなくなった。
それからずっとそういう人には出会わなかったけれど、ふたりめが現れた。
「電話でしよう」と言われた時に、
「あ、このひともこうなのか」とショックだった。
好きになりかけていたから。
「わたしはそういうことはできない」と伝えたら、
「じゃあ、聞いていて欲しい」と。
ほお、、
そういうパターンもあるんですね…
と思っていてすぐ、始まった。
ふんふんふんふん、ざーざーざーざー、通話口の向こうは台風かなくらいの嵐のような鼻息が耳元に伝わる。
ああこれ前も聞いたわ、と思い出してしまった。
しかしこのひとは、これまで接してきて、優しくて、ふつうのひと。
いっかい、聞いていてあげようかなと思った。
そのひとはひたすらに喋っていた。
今の自分の状況をこと細かく丁寧に知らせてくれた。
ただじっと聞いていた。
何も言わずに、時々爪を塗りながら、音を立てないようにお菓子をつまみ、なるべく静かにしていた。
電話、切っても気づかないんじゃないかな、
という考えがうまれて、
途中から、切るか切らないか、そればかり考えていた。
結局、切らなかった。
なんか一所懸命にしているところ可哀想だなと思ってしまった。
そのひとが果てて、
「どうだった?」
と聞かれた。
ほお、どうだった?と聞くのか、
どうだったもなにも、知らねえよ、
見てもいないし、何してたかもわからないし、ただ静かにしてただけだよ、なにを思えばいいんだよ、
「どうだった?」のひとことで、
わたしの線がぷつんと切れて
「鼻息がすごかった」
と返答した。
そしてそれ以降そのひととも連絡を取っていない。
電話ですることのなにがいいんだろうか、たまに、1人でするところを見てて欲しいという人がいることは知っているけど
電話の向こうで相手が何をしているかわからないのに、かわいい声して付き合ってくれててもほんとはくそつまらない顔してるかもしれないのになにがいいんだろうか
世の中にはわたしの知らないことなんてたくさんある。知らなくていいことも。
そして知ってしまっても全て受け入れたり取り入れたり共感したりする必要はないことも知っている。
「それのなにがいいの?理解できない」と思いながら、時に憤慨したり、嫌悪したりするけれども、
「ただ、そういうひとがいる」ということを認知する。
それだけはしておきたいとは常日頃思っている。
電話でするセックスの良さをたくさん知らされたとしてもたぶんわたしはそれを今後も取り入れることはないし、なんならまだ嫌悪感はあるけれども
電話でセックスをしたがるひとがいる世界をぶち壊そうとは思っていないよということは、改めて伝えておく。