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不妊と短気と神頼み。
最近友人との会話の中で、「まほこさんが以前書いていたみたいなエッセイが読みたい」と言ってもらい、久しぶりに個人的なことを書こうと思いたちました。
友人が例に挙げたのは、こちら。
この記事を書いた2023年の春は、やりたかった仕事を辞め、かつ、数年悩んだ不妊治療もついに始めたばかりという時期でした。
奇しくも今、その2年前と同じような状況に陥っています。
前回の記事は書いた後けっこう落ち着いたので、今回も、自分を落ち着けるために筆を取ってみようと思います。
ちょっとヘビーな内容になるので、元気のある方だけ、お付き合いください。
おみくじで知る「短気」
記事を書いてから2年が経った今現在も、不妊治療は継続中です。
子どもを最初に望んでから4年が経ち、加えて、出産リスクが増加すると言われる35歳も過ぎました。
また現在副業がなくなって、経済的に余裕があるわけではなく、高額な治療には手を出していません。
人によっては「年齢という明確なリミットがあるのに、随分のんびりだな?」と捉えられるかもしれません。
でも、ここからさらなる精神的負担と、数十万の経済的負担を負うのは、自分には重すぎると感じています。
仮に高額な治療の先に成果があったとしても、治療が終わる頃に疲れ切って、子どもを嫌いになってしまうような、そんな本末転倒な自体は避けたい。
ここまで来たら神頼みも必要です。
ということで、夫が有名な神社からおみくじをもらってきてくれました。
その結果が、これです。
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運勢:大吉
おもうがままになる運です 短気をいましめて身をつつしみ 何事にも心静かに他人とよくよく相談して事をなさい
願望:心ながく思うてせよ 叶いましょう
転居:さわぐな
出産:精神を安定すれば安産
大吉とはいえ、めっちゃ短気を叱られました。(笑)
正直、35歳すぎたら焦って当然でしょ!と思いつつ、だからこそ、心静かにいることが問われているのかも。
神様のアドバイスをまとめれば「短気、焦り、苛立ちは邪魔だからやめなさい」ということになるかと思います。
実はこれ、だいぶ心当たりがあって。
私が焦る原因の一つに、「自分の努力が足りているか」があります。
栄養は足りているか、運動は足りているか。
不妊治療費をもっとかけた方がいいんじゃないか。
妊活本も読み漁ってないのはいけないんじゃないか。
子どもが来ないのは、自分の努力が足りないせいではないのか。
これらの指摘は、ゆるく妊活してる私にとってはどれも耳が痛く、
どう考えても「正しい」意見でした。
ただ、20代でも妊娠できない人もいるし、食事をとっても運動してもダメな人もいる。
何より「正しさ」で妊活すると、自分の意思そっちのけなので、続けるのが嫌になっちゃいます。
そう考えると、やっぱり「正しい努力」よりも「自分にとって必要な努力」に目的を絞らなきゃな、と思いました。
燃え尽きは一生の後悔
どうやら、「何があっても努力を続けなければ」と考える傾向はどうやら世界的なようで。
以前のnoteでも言及した三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に、興味深いことが書いてありました。
著者の三宅は、ドイツの哲学者ビョンチョル・ハン『疲労社会』をもとに、人々が疲れてしまう原因は、現代の新自由主義にあるといっています。
新自由主義は決して外部から人間を強制しようとしない。むしろ競争心を煽ることで、あくまで「自分から」戦いに参加させようとする。なぜなら新自由主義は自己責任と自己決定を重視するからだ。
(中略)
戦いを望み続けた自己はどうなるのだろう?
疲れるのだ。
その結果として人は、鬱病や、燃え尽き症候群といった、精神疾患に至る。
燃え尽き症候群(バーンアウト)やうつ病は、薬を飲めば治るものではありません。一生かけて付き合わなければならない。
にもかかわらず、燃え尽き症候群をネガティブには捉えていない人も多い。
本当は疲労しているのに、個人が「頑張りすぎたくなってしまう」ことが現代社会の問題であると、三宅はいいます。
この上で三宅は、半身で取り掛かるという「半身社会」を推奨しています。
無理してでも「全身全霊」で頑張る人を褒め称えるのではなく、疲れたら休んだり、ほどほどの趣味をいくつも持ったりでいいじゃないか、というのです。
そういう現状では私の妊活も「半身」といえます。
時を同じくして、私の周りで「完璧にしなきゃ」「100点にしなきゃ」という声をよく聞くようになりました。
でも、その努力ってなんのためにするんでしょう?
自分の目的がその先にある、というよりも。時にはその「完璧を目指す努力をしていないと自分を許せない」みたいなパターンがあって。
100点を、完璧を目指した自分は、本来の目的を見失ってないでしょうか。
「もっと、もっと」と目的なき努力を追求するよりも、自分への戒めも込めて、ほどほどにする勇気を持ちたいと思います。